徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百七十一段*<ブルックナー>2009.12.1

 ブルックナー・・・私には難しい作曲家だ。ブルックナーのシンフォニーは愛好する人というか、熱烈な支持者のいる交響曲だ。ある人が言うには、魂をつかまれるとハマッてしまうとのこと。

 その言葉を糧にして、ブルックナーの交響曲を聴くことにチャレンジしてみた。高校生、大学生の時から、本を読んでいた宇野功芳さんの言によると世界の三大Bは、バッハとベートーヴェンとブラームスではなくて、三人目は「ブルックナー」だという。それから、長い時間のブルックナーとのやり取りが私の心の中で始まる。
 相応に歳をとった最近、ブルックナーへの何回目かの挑戦を試みた。材料は、チョン・ミュンフン指揮のN響の演奏による交響曲第七番・・・指揮者の指揮は申し分なく、演奏もかなりの集中力のある演奏でこれには感心した。
 問題は私の心の動きだ。感心と感動は違うのだが、「ハマる」には程遠かった。本当にブルックナーファンには石でも投げられそうだ。
 正直なところ交響曲第4番が「ロマンティック」なんて呼ばれていることが意味不明なのだから。私の中では・・・。

 私の感性の乏しさを指摘されると同時に、極端にいう人には「偽指揮者」とか「偽音楽家」として非難されてしまうかもしれない。この段をアップするのが恐ろしいような気もしてくる。
 チョン・ミュンフンは言っていた。マーラーの指揮をしたあとは疲れるが、ブルックナーの指揮の後は疲れない・・・と。それが本当ならすごいことだ。この域に達したいのだが、それは難しい話になる。マーラーを指揮したことはあってもブルックナーの指揮はしたことがないのだから。

 以前、著名なブルックナー指揮者の演奏会で、ほとんど寝てしまった恥ずべき姿を示した私だ。しかし、これだけ愛好者がおられるのだから、いつかは魂をつかまれる日が来るかもしれない、との少しの期待をまだ抱いている。

 期待を持ちつつも難物だ、との想いもあり、生涯の課題かもしれない。ブルックナーに迫れるか、果しえないか・・・多分、「深淵」とか「魂」とかには遠い位置にいると思われる私には、真実、叶わぬ相談かもしれない。書いていて私はつくづく正直だと思った。

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