徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百七十四段*<魂>2009.12.7

 ブルックナーにはハマれずにいるのに、日曜劇場「JIN」にはハマっている。この状態をなんといえばいいのか。正直な吐露が非難を受けそうだ。ブルックナーにハマれず、テレビドラマに?・・・という感じだ。

 連続ドラマだから、その時その時で内容の深さが違う。今日の、は、・・・深かった。主人公はもちろんいるのだが、その周りの人たちの存在が否応なく大きい。このドラマは私たち人間そのもののドラマだ。
 花魁「野風」さん。職業に貴賎はない。この想いの気高さは何だ?とさえ思える。ドラマは現実でもあり、現実ではなく・・・その境界線に人は惹かれるのかと思う。

 私は、人が好きだ。どんな人にも個性があり、その人ならではの魅力がある。私と合わない人でも基本は認めることができる。唯一の許せないのは、そんな単純な私に攻撃を仕掛けてくる人・・・これだけは受容できない。これを人間の未熟さと見るか、煩悩の一つと見るか・・・煩悩と認めてしまえば、煩悩は断ち切らなければならないこと、につながってくる。

 諸々を考えると迷いの道に入りこむ。人生とか宗教とかの修業を積んでいない私は、己の狭量さにはたと気づく。

 こうやって時が過ぎてゆく。残りの時間はそんなに多くはない。どのように自分が生きるのか、みんなもこのように思い悩みながらの生活なのだろうか、と誰にともなく質問をしたくなる。
 おそらく、誰もが答えは見つからず、解答を得られることのないままに、時間が終わる。それが、生命体の宿命だと思えば、その通りだ。

 そんな、危うくもろい肉体を持つ人間の中にある、よく言う「精神」とか「魂」とかは果たしてあるのだろうか。「気持ち」や「魂」を込めると、音楽の場合は「音」が変わる。

  この摩訶不思議な現象の源はいまだにわからない。わからないままに終るのかも知れない。

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