徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百七十七段*<O先生との電話>2009.12.14

 何回か徒然草に書かせていただいたO先生と、久方ぶりに電話で話ができた。中学校勤務時の二年間の上司、つまり校長先生だったが、その後も先生を囲む人たちの集まり「ねぎの会」という有志の会を作り、私が幹事となり、何年もご交誼いただいた。
 経歴から言うと、校長職をはじめ、県教育委員会の指導室長、地方教育事務所の所長、市の教育長…と輝かしいとしか言いようのない要職を歴任された人だ。しかし、尊大なところが微塵もなく、懐の大きさで部下や慕うものを包んでくれた。


 奥様を先に亡くされ、脊髄を傷められて歩行が自由にはかなわないとお手紙をいただいており、そのあたりからは、演奏会のご案内と暮れとお盆の挨拶だけになってしまっていた。
 何年かぶりの電話でのお声・・・張りがあり、しっかりと話をしてくださった。私が教諭から行政職、管理職という道に入ろうかという時に、「管理職になっても、音楽することは止めるな」とアドヴァイスをくださった。この一言は、私のその後12年間の大きな励みになった。なぜか、教育界では管理職になると音楽やら美術やら文学やらの専門的な活動はやらない・・・という風潮があるのだ。そんな中で、当時の習志野市の教育長であったO先生がこのような助言を下さったのだ。

 早期退職の道を選んだ時も「高橋らしい・・・」決断だと言ってくださったし、大抵のことを肯定的にとらえてくださっていた。それが、本人には大きな力になる。厳しさよりも優しさや温かさで人を育てる・・・これは、その人の心の大きさ、精神の強さがないとできないことだ。短絡的ではあるが、そのことを私自身の姿と照らし合わせると、己が恥ずかしくなる。

 自分がいかに小さく、いかに弱く、何が欠けているのかをしみじみと考えた。本当は目標にしなければならない先生がいるのに、そこに焦点を当てられない己の能力の低さでもある。
 一朝一夕に自分を変えられるはずもないのだが、それでも、微分量であっても己を変えなければ、と思った今日の電話だった。
 「生きる」ということが大切だ。と言われた。

 三百七十六段へ   三百七十八段へ