徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百八十三段*<河口湖合宿 2009>2009.12.29

 合宿3日目(12/27)朝の富士山

 何日かぶりの徒然草になった。風邪気味のままでオケの合宿があった。体調が良くないと文章も書くのがおっくうになる。さだまさしの「掌」を森山良太郎が歌っているのを聴いて、ああ、文でも書こうかという気になった。昭和40年代はフォークの時代だったか。

 あるいは、少しの時間差はあるかもしれない。自分では歌わないのに、フォークソングの詩とメロディーが妙に実体験と重なって懐かしくも物哀しい。「神田川」で銭湯が出てくるが、確かに一人住まいのアパートには風呂がなく、トイレもなかった。若い女性でもそんな部屋に住んでいた。一人娘で結構裕福な家の娘さんが、二年間そんな部屋に住んでいたことも見てきた。

 大学生から勤務し始めの頃の人間関係が懐かしい。大学中退とかパートで働いたりとか、急に音楽の道へ進んだりとか、親にはかなりの心配をかけただろうと今になれば反省しきりだ。

 恋愛も反省の宝庫だ。もう少し勇気があったら、とか、決断が早ければ、とか、一途な思いがもっとあったら、とか・・・。もうすでにそういう想いさえもする年代ではないことも、後悔と懐かしさを増幅させる。

 二泊三日の合宿だったが、団員はよく練習をやっていた。普段はなかなか時間の取れない分奏ができたことが良かった。音楽大学生や卒業生が分奏をリードしていた。時間の取れない社会人がこれもよく参加をしてくれた。
 やっぱり、自分の時間を勤務時間外に持つことが難しい会社って、はたしていい会社といえるのか・・・はなはだ疑問になる。こんな厳しい時代の中での会社勤務だ。だからこそ、自分の好きなことをやることに意味があるし、そうすることで仕事へのモチベーションも上がり、経営にとってもプラスになると思うのだが、目先のことを乗り越えるのに汲々としていれば、そんな余裕はないのだろう。

 練習に参加する余裕の少なくなっている団員が数人いるのが気がかりでもある。大学生で就職活動に全力投球するしかないのも気になる。

 河口湖の湖畔と富士山の眺めは申し分なく、温泉もそれなりに入ったし、親睦も少しは深まっただろう。今回は、年齢を問わず風邪気味での参加者が4〜5名はいた。これは以前にはなかったことだ。大病にはならず無事に終わった。これで2月・3月の連続の演奏会を乗り切りたい。合宿には参加していても公演日の期日などに都合がつかず欠席の団員がいるのは残念ではあるが、生業の仕事のためだと言われれば、反論もできにくい。もちろんすでに会社の休暇を取って、平日の公演に参加する人もいる。人生いろいろ、会社もいろいろ、価値観もいろいろ、人生観もいろいろ、何十人もいればそれは当たり前だ。
 その中でも、どうやって演奏へ気持ちを向けさせ集中させるか、団の経営者や芸術監督、指揮者の力量が問われるところだ。

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