徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百八十四段*<大晦日の「第九」>2009.12.30

 大晦日の一日前、今日は温かい一日だった。明日からはまた寒くなるとのこと・・・冬は寒いのが当然なのだが、いささか気が重い。子どものころにはなかった感覚だ。子どもの時、家にいるときは果たして靴下か足袋を履いていたのだろうか。外に出るときは、下駄の時は足袋、靴の時は靴下を履いていたのだろう。多分としか言いようがないくらいの記憶のおぼろげさだ。

 何の時でも気持ちのときめきがなくなった。老化の一種だろう。宇野功芳さんがクラシックの月刊誌で、名曲案内のページを担当されており、最新号では「第九」の新旧聴き比べが書かれていた。仕事の一つとはいえ、本当に聴くのもお好きなのだろうな、と感じ入った。「聴くのも」の「も」は宇野功芳さん自身が指揮をされるので「も」と書いたのだが。

 音源の種類が多いベートーヴェンやモーツァルトなどの作品は聴き比べしやすいし、とくにベートーヴェンは指揮者やオーケストラによって表現の違いが明白にわかるので聴き比べには持ってこいだ。

 テレビ放送で言うと、年末近くになると大体三つの放送局で「第九」を放送していた。NHKはN響を、フジテレビでは日本フィルを、日本テレビでは読売日本響を、時々TBSが東京交響楽団、これで四つか。それぞれ系列の楽団の「第九」だ。見て聴いて比べられるのが楽しく、番組表を年末にチェックしては、見逃さないように、そして、家族にもこの「第九」だけは優先して見せてもらった。(今は辛うじてN響、夜中の読響だけだろう。チャンネルの確保の必要もない時間帯だ。)
 近衛秀麿の指揮の演奏では、かなりそれまでの印象とは違う感じがしたが、おそらく「近衛版」での「第九」だったのだろう。

 小澤征爾がはじめて振った「第九」では歓喜の歌のメロディーをゆっくりと、フルトヴェングラー風にピアニッシモで演奏され、しかも、四つに振っていた。最後のリタルダンドも新鮮だったし、ザッハリッヒとは対極のロマンティックな演奏だった。師の齋藤秀雄氏は、4楽章のレシタティーヴォを楽譜の指示通りに指揮をしたことに少し譜読みの甘さを後の講義録で指摘していたし、音楽評論家も幾つかの異論を唱えていた。それでも、私にとっては、その後の小澤征爾のどの「第九」よりも個性があって魅力的に聴こえた。

 と、書いているうちに心の高ぶりを覚えるのだが、さて、いま「第九」を聴こうという気にはならないのだ。
 このあたりの自分の心の分析をしなければとも思う。大晦日も普通の一日の感覚と変わらなくなってしまった。

 三百八十三段へ   三百八十五段へ