徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百八十五段*<北極クマ飼育ドキュメンタリー>2009.12.31

 奇跡の北極クマ・・・といっていい「北極クマ」がいる。人工飼育での飼育記録を更新中の熊だ。「白クマ・ピース」愛媛県立とべ動物園の白クマの名前だ。

 2009年の大晦日、NHKアーカイブスでいいドキュメンタリーを見ることができた。飼育放棄をされた白クマを、一人の飼育係が手探りで飼育をしてゆく場面を時系列で記録していた。

 人工飼育が極端に難しいとされている北極クマを、一人の飼育員が見事に育ててゆく。見事なんて言ってはいけないのでは、とも思わせる魂のこもった飼育と映った。動物園にいる動物の病気の大きな要因がストレスだということも知った。

 600グラムくらいの片手に乗っていた白クマの赤ちゃんが、今では350キロを超えるまでに成長している。人間の赤ちゃんと同じように反応する白クマの赤ちゃん、白クマ用のミルクがないから、ちょうどよい脂肪分のミルクを作る過程やら、一人でおりの中で暮らせるようにする親離れの場面とか、悲しいのではなく、共感の涙がにじんだ。

 自宅で生まれたばかりの白クマを育てている場面は、わが子を育てているのと一緒か、あるいはそれ以上の神経を使っていた。野生の本能とどう対峙するのか。園の方針で、成長した白クマとのスキンシップを禁じられた後の、白クマの「けいれん発作」が痛々しかった。血液検査をしても内臓に異常はない。脳の働きによるものだとの獣医の診断・・・5歳の時の出来事だった。

 鳴き声が人間の赤ちゃんと似ている。動物も人間も赤ちゃんの時は本当にかわいい。それ以上に言葉は見つからないくらいに「かわいい」のだ。飼育員が語っていた。意志とは関係なく動物園にいる動物たち、人間として飼育してやっているという感覚ではなく、飼育させてもらっている感覚だと。

 その人にとっては、その白クマが存在してくれていることが価値あることであり、生きてくれていることに感謝をし、これからも生きてくれることに期待をしているという、素朴な「生きること」「育てること」の原点のような言葉に心が揺らいだ。

 このように育てようとの計画は立てない、と飼育の際に誓ったそうだ。そして母クマから預かった命を絶対絶たないように育ててみせるということも。
 このことを実践するには、睡眠を削ってまでの細やかな観察があることも初めて知った。白クマの赤ちゃんの人工飼育の記録ではあるが、人間を考えるときの原点にもなるのではないか。この番組も偶然見ることのできたひとつだ。「邂逅」という言葉を思った。

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