徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百八十八段*<ウィンナ・ワルツ>2010.1.2

 ウィーンフィルのニューイヤーコンサート、今年の指揮はジョルジュ・プレートル…85歳になる。一昨年に引き続いての二度目の登場、一年経過しただけで再度のニューイヤーの指揮とは異例のことだ。2008年の指揮が好評だった。私も同様に感じた。堅苦しさがなく、年齢を感じさせないチャーミングな指揮と演奏に感心した。2009年はバレンボイムの指揮、退屈した。選曲にもよるのだろうが、あまり指揮者の主張が強くてはどうもニューイヤー独特の魅力が生まれない。シュトラウス一家の作品を中心とした軽い音楽で迎える新年という音楽会の特徴があるのに、あまり指揮者が個性を出すと演奏も堅苦しくなるし、全体も却って弛緩した感じになってしまう。

 プレートルは、前回も今回もプログラミングが秀逸だ。おなじみ曲と珍しい曲とのバランスがいい。指揮もオケをコントロールするというより、うまく能力を引き出している感じだ。曲の最後の部分ではかなり大きく音楽作りをし、スケール感を出す。このあたりの感覚がバレンボイムともヤンソンスともマゼ―ルとも違うところだ。
 一説では今回の指揮者はハイティンクにほぼ決まっていたともいう。それがプレートルになった理由はわからないが、若い時からまじめな音楽作りが身上のハイティンクよりニューイヤーにはふさわしいと私は思う。

 画面では恒例のバレエの場面が出てくる。このときは演奏の様子は見えない。これが時にいらいらさせる。バレエが美しいと司会者の女性アナウンサーが言っていたので、これが楽しみな人がいるのだとも思うが、あくまでもコンサートの放送だから、演奏を聴かせて見せてほしいものだ。世界17カ国で同時放送されているという。せっかくのウィーンフィルの本気の演奏をじっくり聴きたいし、見たいのだが。バレエやドナウ川の風景を延々と流されてもあまりうれしくはない。音楽紀行でもあるまいし。

 1月27日には今回の演奏のCDが発売予定で、2月17日にはDVDが発売予定だ。早いタイミングだ。売れるのを見越しての計画だろう。この時のDVDの画面では、バレエと景色はやはり映ったままなのだろうか。

 それにしてもこのオケは、ウィンナワルツだけは抜群にうまい。大晦日に東フィルが青きドナウを演奏していて、それもうまかった。(アメリカのオケの多くはこのウィンナワルツの2拍目、3拍目のウィンナリズムの取り方がほとんど下手だ。ただのワルツにしか聴こえない。)日本のオケの能力の高さを感じるのだが、ウィーンフィルのウィンナワルツのリズムは全く自然で絶妙に長短を演奏してくれる。

 ウィンナワルツに興味を持ったら、いろいろなオケの演奏を比較してみると面白い。
 指揮法に話は変わるが、この微妙なウィーン地方の訛りともいえるこのリズムの間を指揮法でマスターし、指揮者が指揮棒であらわすことを考えた齋藤秀雄という人は、とてつもない教育者だと思う。完璧に演奏をコントロールできるかどうかは別にしても、指揮棒を振るという、つまり腕を振り回すという極めて大雑把な指揮者の棒の動きをもっと厳しく見つめて、演奏者に指揮棒で示すならそれだけの技量を指揮者も積め、という戒めにもとれる。
 ウィンナワルツは聴いていて楽しいし、演奏もそんなに難しくはない。と思えるが、実は極めて難しいという評価もできる不思議な音楽だ。

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