徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百九十一段*<分業>2010.1.8

 病院で、担当医の先生に緊急手術が入ったとのことで、ほかの先生で良いかとの看護師から聞かれ、「いいです。」と答えた。総合病院だ。大学病院とかでは、たまにそんなケースに当たることもある。

 今日の代理の医師は、主治医の先生よりも遥かに年齢の若い先生だった。電子カルテに私の情報は入っており、それをもとにしての診断だ。系列の病院での検査結果のデータも加えての診察だったが、私とは初めての対面であるにも関わらず、実に的確な診察をし、それを私に伝えてくれた。

 何より速かったのが、パソコンに入力するときのキー操作の速さだ。年齢の高い医師だと、入力の速度が遅かったり、時には助手に入力を任せる先生もいたりで、いろいろな先生がいるのは当然なのだが、四苦八苦してキーボードを操作している先生よりも、すごいスピードで診断結果を入力する若い先生(俗にいう、インターン・・・研修医の医師かもしれない)の姿を見ていると、わけもなく頼もしく思えてくるから、これは不思議な感覚だった。

 そして、次回の診察予約の段になったら、「予約は私にはできないので看護師に聞いてください。」とのこと。これも「有り」か、と思った。しばらくすると、看護師が次の予約日の確認に来てくれた。

 このような分業もきっちり運べば、それでOKと思った。組織ではそれぞれの人がそれぞれのパートをきちんと責任を持って担当すること・・・これが組織の基本だとも思うからだ。別の病院での話だが、担当医が分野を問わず診断をしてくれて、それも的確だったので、その医師の力量によっては、そのような診断も可能になる。聞いてみると、離島での勤務も体験された医師だった。医師が一人しかいないところでは、専門にこだわっていては実質的な医療業務ができない。豊富な経験から身につけたその医師のスキルだ。このような医師に巡り合えたのは幸運だ。

 だからといって、同様の力をすべての医師に求めるのはそれも難しい。様々な要件を満たした上での分業の徹底、これが現代の組織に求められているものだろう。
 「木を見て林を見ず」「林を見て森を見ず」という格言がある。こんな格言を踏まえた上での分業制・・・「餅は餅屋」の例えのように、私にはあるべき姿の一つだと思えた。

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