徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 


*三百九十六段*<鎌倉の海>2010.1.26

 鎌倉山と海・・・恩師の家を訪ねる。鎌倉山だ。二回目の訪問だ。山の斜面に建つ建物は、まさに自然との調和の「和」の趣にあふれている。ご一緒してくれたのが、私の音楽仲間、Sさん。実は先輩だし、私が学生の時は先生だったのだが・・・つまり私は回り道をしての音楽学生、エリートの彼はほぼ同じ年齢の私を教える側の立場、ということだった。で、今では私が大きな顔をして、私の仲間だと勝手に解釈している。

 卒業して?十年・・・今では、ほぼ対等にお付き合いをさせていただいている。と書いても、年長者を敬う心根は失ってはいないので、表面上は対等、でも心底では「尊敬」という感じだ。見た目には対等・・・ということで。

 歴史の長い街は奥が深い。理由は特には考えない。肌でそのように感じるということだ。鎌倉駅を降りる。改札口を出る。タクシーに乗る。すぐ「小町通り」に出る。平日の昼なのだが、すでに人が一杯だ。ここは私の何回かの鎌倉訪問イメージの中で、常に人であふれている。
 そこを避けてタクシーは小道を選び、目的地に向かう。運転手さんから町並みの変貌を聞く。初めての町並みはいつでも新鮮だ。

 そして鎌倉山、昼から午後のひと時を、落ち着いて、少し緊張しながら、しかし、お酒の勢いもあり闊達に時間が過ぎる。夕方、頃合いを見計らったかのように、場所を変えようとのお話、もちろんその提案に異存はない。はじめからすべての提案に異存を唱える気持ちも持ち得ないし、そんな、恐れ多いことは考えられない。

 さて、車で案内していただいたのが、海辺のレストランだ。夕日が刻一刻と沈むのを目の当たりにする。途中の江ノ電の駅で恩師はたまに、ぼーっと夕日を眺めていることがあり、駅員さんに、次の電車は何分後ですよとか、観光の方ですか?とかと尋ねられるそうだ。そんな話を聞きながらの車でのひと時、レストランに着けば私はビールとつまみを前にしての勝手な二次会の気分だ。

 そして、鎌倉駅まで送ってくださった。駅の中に入るまで手を振ってくださっていた恩師の姿が目に焼きついた。

 「山は 遠くから 人の心をとりこにする・・・・」吉野弘さんの詩の一節だ。
 「海よ 海よ、あなたの表情は どういう時が本当なのですか。 きょうの、その、くすぐったそうな表情・・・」小林純一さんの詩の一節を合わせて思い浮かべた。
 「海よ、海よ、あなたの、その子守歌をつづけてください。・・・・ういん、ういん、るいん、るいん、ういん、ういん、るいん、るいん。」

 この詩を思い浮かべて涙が出そうになった。2010年1月末の出来事だった。

 三百九十五段へ   三百九十七段へ