徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*四十段*<ヴェルディ『レクイエム』>2008.1.23

 ヴェルディが没した日が近づいた。1901年1月27日がその日だ。

 最近テレビのCМやドラマの中にクラシックの曲が流れるのを耳にすることが多いように思う。モーツアルトとヴェルディのレクイエムから「怒りの日」の一部が用いられる。チャイコフスキーの弦楽セレナーデの最初の部分も派遣会社のCМで頻繁に流されていた。

 たまたま三人の作曲家を多く耳にするのだが、一つの共通点は三人ともメロディー作曲家だといえることだ。不思議に一度聴いたら忘れられない旋律というのが、その人その人にあるようで、三人とも耳に残る印象的な旋律を作っているのだろう。

 ヴェルディといえば、「椿姫」「ナブッコ」などオペラの傑作の作曲家として有名だが、「レクイエム」も有名だ。三大レクイエムと言えば、モーツァルト、フオーレ、そしてヴェルディのレクイエムを指す。

 この曲を三度指揮する機会に恵まれた。どの部分の旋律も美しく、一度聴くと心を奪われる。それに負けず、劇的なところが印象的だ。その聴かせ所が、「怒りの日」だろう。オフビートのバスドラム、客席に配置され舞台上の管弦楽と呼応するバンダのトランペット。独唱者と合唱の取り合わせのバランスの良さ。曲の中に自然に入り込み、一体感を持って指揮をすることのできる曲の代表ともいえる。

 レナード・バーンスタインが「怒りの日」を指揮したときは20センチも指揮台からジャンプしたエピソードもうまれた。もっとも、バーンスタインは他の曲でも指揮台でジャンプするのだが・・・。ムーティーやシャイーは「怒りの日」の冒頭をあまりに速く指揮をし、オケがそのテンポについてゆけず、結局、少しずつテンポが遅くなり、オケのテンポにおさまった演奏を聴いたこともある。それくらい気合いの入る曲だともいえる。

 チョン・ミュンフンが初めてN響を指揮したときのヴェルディ「レクイエム」が名演だった。四人の日本人ソリストの気持ちのこもった熱唱、合理的でありながら、魂を感じさせるチョン・ミュンフンの棒、レスポンスのよいN響の管弦楽、音楽大学生の若々しい合唱と、それぞれの力を存分に発揮した心に残る名演だと思う。

 チョン・ミュンフンはその後、東フィルのアドヴァイザーに就任し、日本でもその指揮を眞じかに見ることができるようになった。



 

 三十九段へ   四十一段へ