指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百五段*<恩師との再会>2010.3.9

 201039日、高校時代の恩師宅へ日帰りでの弾丸トラベラーとなった。T先生の米寿のお祝いの日帰りの旅だ。私は32年ぶり、同行の二人はおそらく40年ぶりくらいの再会になる。電話でのお声がお元気そうだと感じてはいたが、お年を重ねられているのは間違いないし、体力的に弱られていたら・・・などと、心配をしながら訪ねた。
 それは杞憂に終わった。玄関で迎えてくださって、部屋に通されたら余りのお元気さに、普通に会話が始まってしまった。

 劇的な再会というより、久しぶりにお会いした、そんな自然な感じで会話がスタートした。それから四時間、昼食を取りながらの想い出話や諸々の話が弾んだ。

 私の合唱への取りかかりを作ってくれた先生だ。無味乾燥と思える高校生活に数少ない潤いと希望と理解を示して下さった先生だ。感謝の意は言いつくせるものではない。

 私の後輩に当たる同行の二人は、先生に共感をもって接してくださっていた。作りものでない本物の優しい気持ちを感じることができ、うれしくもあり感心もした。

 職員室で先生と机を並べられていた方が、私の電話番号を探し当て、直接電話を下さり、恩師との連絡がつくようになり、この弾丸トラベラーとなることができた。ひたすらH先生に感謝だ。このお二人の先生のことを思うと、生徒冥利に尽きるというものだ。何十年間も忘れないでいてくれたことの僥倖にも感謝だし、多感な高校時代に信頼できる高校の先生がいてくださったことが、どれほどの救いになったか。はっきり書くと、その当時の高校の先生方の何人かは、誤解を恐れずに言うならば、多くの先生方は信頼に値しなかったと今でも思っている。

 生徒目線でなく、学校目線の教育方針に不信を抱かざるを得なかった。教師の一人よがりは許されるはずもなく、学校の方針に合わない生徒には積極的に退学を進めるのでは、県立学校の存在意義が問われるというものだ。

 私への個人理解を初めてしてくださったK先生、そして、H先生とT先生、この三人の先生のみが信頼のできる先生方だった。

 201039日、心に残る日になった。

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