指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七段*<Tくんと「皇帝」>2010.3.16

 ホルン奏者の苦悩・・・というより竹木 淳くん(だけ)の「苦悩」が正解だな。前にも何回か徒然草で登場したことがあるホルンのTくん、彼が今どうも苦しんでいるようだ。その内容は、私にはそう大きなものではないのだが、彼には大きいようだ。

 その理由は、9日後に吹く予定のベートーヴェン作曲ピアノ協奏曲第5番「皇帝」にある。
 何年も前のこと、同じ曲で彼はホルンの2番を吹いていた。安定した演奏で順調に、曲が進み、楽章は第3楽章、私の記憶では306小節目(正確でないかも・・・竹木くんが正確に記憶しているはずだ)八分音符八つの下降音型のところで、何故か音を全部外してしまったのだ。全く違う音ですべての音を吹きぬいた。(途中で止めずによく、吹き切った!)

 私も何が起きたか分からず、本人もわからなかったらしい。公演後の打ち上げの会場でも、その理由を見つけたかったらしい彼は、楽器のベルを外し(周りに迷惑にならないようにという配慮だろう)何回も同じ部分を吹き直しては、同じように間違いを再現できないので、ガリレオの湯川准教授風に言うと「さっぱり わからん」を繰り返し言っていた。

 その後も「皇帝」を吹く機会はあったのに、彼は頑として吹くことを拒んでいた。過去の忌まわしい経験でトラウマになっているというのが一貫した理由だった。325日に紀尾井ホールで演奏会があるが、これにも絶対遠慮するとの本人の弁だった。
 ところが、ピアノを担当する小川万里江さんと顔を合わせた時に、小川さんから、「吹いてくださいよ〜」と何回か言われているうちに、なんだかその気になったらしく、「じゃあ、やってみるかあ」という返事、聞いていた私がびっくりした。あれほど私が言っても効果がなかったのに、初対面の小川さんの言うことは聞いてしまうとは・・・女性の力はまさに偉大だ。


 ということで吹くことになったのだが、最近のメールで竹木くんは弱気になっていた。つい最近マーラーの交響曲を吹くことがあったらしい。「調子が悪かった、皇帝を降りてはだめか?」というような内容だ。「長年、一緒に舞台を踏んでくれた君の力を信じている」という内容の返信をした。この返信では気休めにしかならないかも・・・と思ったら、案の定本人からも「気休めですね」との返信。というわけで、指揮者には楽しみな、竹木くんにとっては気が重いだろう本番の日が近づいてきた。プロオケへの入団のすすめにも乗らず、会社では管理職として激務をこなしながら続けてきたホルンは音も精神も筋金入りだ。
 音はプロ、精神は強靭、心はピュアなアマ・・・そんな彼が一大決心で吹いてくれることになった「皇帝」、本番に期待が膨らむ。

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