徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*四十一段*<想い出の断層−19−>2008.1.24

 私の生き方や考え方に大きな力を与えてくれた人のことを書かねばならない。
その人は、故古谷武雄先生。名前を書いたら胸が熱くなってきた。ハガキを今でも取り出して読む。多忙なのに、必ず返事をくださった。亡くなるちょうど一週間前にもハガキをくださった。2003年1月16日のものだ。忘れることはできない。先生の文章はいつも私の悩みや迷いへの共感と激励が常だった。どんなに厳しくとも慈愛に満ちていた。

 先生に出会えなければ今の自分はないだろう。スクールオーケストラの指導のチャンスをくださったのも先生だ。亡き父の後輩であり、親友だった。私が乳飲み子の時から見ていた人だ。おとなになった私に、としちゃんといつまでも幼児のころの呼び名で呼んでいた。

 教育に理想をもっていた。県教育委員会の所長をされても、柏市の教育長をされてもそれは変わらなかった。頭の回転も速く、記憶力も抜群だった。ちいさな鉛筆ですぐメモをとられた。

 古谷武雄先生の理想についていけず、あるいは回転の速さについていけず、または歯に衣を着せぬ率直な物言いに不満をもつ人も少なからずいた。その人達は、古谷武雄先生の奥底の優しさを感じることができなかったのだろう。表面的にとらえ、批判をしていたとしか思えない。

 今の教育界に理想や夢を語れる人が果たしているのだろうか。少なくとも私の近くにはそうはいない。

 理想も語れず、夢も語れず、ひたすら世間を気にし、世評を気にしながらの学校経営をしている人がいたらそれを教師とか管理職とかいえるのだろうか。なぜ、モンスターペアレントなる言葉が生まれ、ヘリコプターペアレントなる言葉まで生まれてくるのか。
現在の学校教育の姿を墓下で古谷先生はどんな思いで見ているのだろう。

 古谷先生は、文も立ち、詩を書く詩人でもあった。音楽をやる私の心情をわかってくださった。

 亡くなる前のはがきに・・・芸術教育は、人間の心を揺さぶるもの---障害に負けず自分らしさをつらぬいてください・・・との励ましが記されてあった。そのまえのひとことに涙が出そうになった。・・・お葉書を繰り返し読み返しました。昨今の教育界は複雑、多感の胸が塞がれていることと察します・・・とも書いてあった。己を察してくれる人がいるということがいかに心を強くしてくれるか・・・。そして、繰り返し読んでくれた。情の厚さが心に染みた

 亡くなる直前の優しさに心が震える。しかし、私の心を察してくれた古谷先生はもういない。寂しさが募る。


 

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