指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百十五段*<想い出の断層−72−>2010.4.14

 久し振りに「想い出の断層」の段になりそうだ。演奏会本番での「思い出」の断層と考えれば、幾つかは浮かんでくる。まずは、本番前のことだ。ステージリハーサルをやろうとスコアを探したら「ない」。いくら探してもない。自宅に置き忘れた。同僚に自宅まで取りに行ってもらい、その間を空きにするわけにはいかないので、団員のポケットスコアを借りて、ラージスコアが到着するまでその場をしのいだ。すごく情けなかった。

 北京では、蝶ネクタイをホテルに忘れた。この時は大型観光バスで蝶ネクタイひとつを取りにホテルまで戻ってもらった。開演を遅らせるわけにはいかないので、前半だけ棒ネクタイで指揮をした。これも、恥ずかしかった。

 日仏会館の演奏会のとき(日仏会館ホール、今は閉館だろう)、指揮をしていたら、大きく腕をふった拍子にズボンを吊っていたサスペンダーがはずれ、そのまま一曲は指揮をして、袖に引っ込んでズボンを吊りなおし、再び登場した。こんなときに少々迷うのが、理由をお客様に説明するべきか?だ。この時は説明しなかった。今だったら、正直に説明するかも。

 指揮棒を飛ばしたことは何度もある。客席に飛ぶのが多い。その時は指揮棒無しで振る。これも今では飛ぶことも予想して、もう一本予備に用意しておくので、それを使う。

 一瞬の出来事で一番困ったのは、スメタナの交響詩「モルダウ」がプログラムの一曲目だった時だ。最後の部分で静かにエンディングを迎えるのだが、最後の最後に、全員でフォルティッシモの和音を二つ演奏する。その二回目の和音の時に、血管がブチっと音を出して切れた。鼻血が出た。当然だ。お辞儀はろくにできないので、逃げるように楽屋に戻って止血に励んだ。休憩ではなく、すぐにコンチェルトだ。しかし切れた血管が太かったのか、なかなか止まらずに焦った。結局、20分くらい待ってもらい、指揮を再開、いつ鼻血が出るかわからないので、顔面はあまり動かさないように指揮をした。コンチェルトはそれで通したが、メインは「展覧会の絵」だから冷静には指揮はできず、覚悟を決めて思い切って振った。結果は、鼻が持ちこたえてくれた。

 まだ、幾つか報告事項が残っているのだが、「想い出の断層」の”指揮者冷や汗編”はひとまずここまでにする。

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