指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百十七段*<長い目>2010.4.20

 ホームページの色を変えた。土台の色をブルーからブラックに変えた。ブルーを基調にしてのホームページのコンセプトは、教え子たちからのアドヴァイスもあり忠実に守ってきた。アップデートされたホームページ・・・とりわけ「徒然草」を見ることが多いのだが、その時にブルーの中に白い文字、の色彩では文が読みにくいとは、そこそこ、に思っていたことだった。私のように老眼になった人にも判読しやすいのは、黒の土台に白抜きの文字が一番だという知識を得た。
 そこで、思い切ってブルーからブラックへの変更だ。どう感じてくださるか、これは読んでくれた人の感想を待ちたい。

 今日は、仕事関係で40歳の旅行会社の人と打ち合わせをした。大きな旅行会社の人だが、自分の仕事に誇りと、会社のためだけでない仕事への価値観に大いに共感した。能力の高い人だ。それは、打ち合わせの後の、スピードの速い対応でわかる。民間会社だから利益を追うのは当然だが、そのスパンを長く見通しているということが、できそうで意外にできないことだと私は思う。組織が大きいと、意外にそのスパンが短くなるのも少々不思議なのだが、現実は、どうもそのようだ。短い期間にどれだけの収益を上げられるか、これが本人の業績評価になるとすれば、なかなか長期の展望に立っての仕事はしにくいだろう。

 日本はすでに成熟した社会だと言える。俗に言う先進国だ。そうなると、全体に「内向き」になりがちだ。というのが私の考えだ。成熟しているのだから、無意識に「守り」の姿勢になる。それは自然でもある。「成熟」から「老衰」への道のりは、生物学的に考えると当たり前の道筋だ。しかし、国が「老衰」して行くのを、良いこととして認めるわけにはゆかない。

 どんな時でも、どんな状態になっても持ち続けたいのは「夢」だ。無し得ることはできないかも知れない「夢」・・・これへの挑戦を続けることが、死ぬまで続けなければならない一人の人間の使命だと思うのだ。現実は厳しい。別れたくはない人との「別れ」、人に裏切られての「砂をかむような・・・」思い。それでも、数は少なくても、その人なりに「夢」を持って生きようとする人たちと私は接していたい。

 生きるための「糧」が零では困る。それでは生きてゆけないのだから。必要なのは最低限の「生きる糧」だ。人間の浅ましさか、それ以上のものを手に入れようとする。そこに、無理が生じる。
 「長い目」・・・これが、人として生きるための必須の観点だ。それは、目に見える形での表層的なものに惑わされないこと、とも言える。後ろを振り返っても見えるのは自分の「影」だけなのだから、前を向いて生きるのが正解なのだ。しかし、実行は実に難しい。

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