指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百二十二段*<キーシン>2010.5.17

 エフゲ二ー・キーシンのピアノを耳にした。成長したな、と率直に感じた。

  彼の一番最初の印象はなんといっても15歳の時にロシアのオケに同行し、来日した時になるから(1986年らしい)、それから何年の時が流れたのだろう。
 その時の曲がチャイコフスキーのピアノ協奏曲。有名な曲だ、しかし技術的に難しい。体力もいる。見た目には、こんな少年に弾ききれるのか、といぶかる気持ちも抱いたのだが、堂々と弾ききっていた。唖然とする演奏の見事さだった。
 まさに、ピアノの天才現れる、だ。キーシンはピアノのコンクールで優勝とかの実績はない。小さなころから天才の誉れ高く、モスクワフィルとの共演が話題を呼んだ。12歳の時とされる。
そんなキーシンが、 ショパンのピアノ協奏曲二番を演奏していた。最初は顔を見てもキーシンとはわからなかったのだが、だんだん、もしか…と思いだし、曲の終わりには確信を持った。

 初来日の時は、白いワイシャツに蝶ネクタイ…本当に少年の姿だった。初々しさが懐かしい。今はもう青年から壮年の歳になっている。傲慢な印象は微塵もなく、態度は謙虚、演奏は大胆、あるいは自信満々といった感じだ。
 ショパンのコンチェルトはもちろん、熱演、力演、聴衆も熱狂していた。キーシンの不思議さは、いつも熱の中に冷静さがふと顔をのぞかせるというところだ。それが魅力でもある。
 アンコールに、エチュード「革命」を弾き、カーテンコール一回ごとに、ワルツ嬰ハ短調、とワルツ「遺作」をサラっと演奏してしまうのにも驚いた。

 コンクールでの優勝や入賞を引っ提げての演奏家デビューが多い、音楽マネージメントの世界だが、そんな経歴もなく、天才と思わせるところは、本当に天才なのだと思う。世界のコンクールで優勝しても、その後は、凋んでしまうという事例もあるだけに、キーシンの現在の姿が私にはとりわけ輝いて見えた。
 そして、アンコールを、当たり前のように三曲(もしかしたら、四曲だったかも。)弾いてしまう、集中力と聴衆へのサービス精神の旺盛なところも見習わなくては、と思った。

 音楽の世界でも、実力と名前が一致しない、ゆがんだ商業主義の結果ではと思わせる事例を目にするだけに、そうではない世界もあるのだと、少し「ほっと」した。

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