指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百二十三段*<想い出の断層−小高正先生−>2010.5.18

 小高 正先生のお宅にお邪魔をした。お別れのためだ。そのお姿はもちろんなく、笑顔の写真と遺骨が部屋に置かれていた。いつもの笑顔だった。胸が詰まった。わたしの父の葬儀にもお出で下さった。何回も書いた古谷武雄先生と懇意だった。お互いに「小高」「古谷」と呼び捨てで呼び合っていた。

 「笑顔」・・・わたしの父の葬儀の際に、どなたかからの電報に「在りし日の笑顔が忘れられません。」と書かれてあった。古谷武雄先生も同様に述べられていた。我孫子市教育長、飯合大助先生の時の葬儀で父と会ったのが最後だと・・・笑顔が忘れられません・・・と。

 父も、小高先生も、古谷先生も同じだ。笑顔を今も思い出す。邪気のない、澄んだ「笑顔」だ。三人とも共通していたところがあった。おのれに厳しく、時として峻烈な言葉を使うことがある。部下に対してもそうだったのだと思う。そのような場面を目にしたこともある。
 時として、そこだけがクローズアップされ、相手を思いやらない、ひどい人だとの評価があったようだ。その部分は、一部分なのだ。心に邪気がなく、熱い思いが基本にあり、一時的に怒っても、ちゃんとフォローはされていた。

 心の狭い、教頭、校長、教育委員会の役職者が陰で非難をしていた。面と向かって言えないから陰での非難だ。引き立てられた人が、教育長の辞任を促しに、入院先にまで数人とともに行く。その状況はわたしには理解できないものだった。

 さあ、人事だ。後任者の一部が報復人事を始める。組合のバックもない、一人勝負の管理職は対抗手段もなく、それに屈するか、立ち位置を転向するか、だ。隠れキリシタンの弾圧でもあるまいし、しかし、そう思わせることがあった。

 その陰湿な、対応からすれば、小高、古谷先生にはっきりとものを言われ、ずばずば言われて嫌だと感じた人もいるだろうが、あとくされのない公平な人事をしてくれる方が、よほど正しいだろう。耳さわりの良い言葉に人は騙され、時に人の評価を見誤る。情けないものだ。

 実父と小高、古谷先生のような、後で「しのばれる」ような、笑顔をわたしがしていのだろうか。それは、大いに怪しい。未熟の一言だ。怒った顔はいっぱい見せているのだろうに。だれもが心に残してくれる本物の「笑顔」を見せるまで精進したい。
 お参りの日は、寂寞感が心を覆った。それは、誰にわかるものでのなく、本人しか味わえないものだ。
 この心の空白からの立ち直りが、当面のわたしの力を注ぐべきことになった。

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