徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*四十三段*<迷宮美術館>2008.2.1

 「迷宮美術館」を見た。天才画家カラヴァッチョを取り上げていた。アングルと対峙していたドラクロアが多く紹介されていたが、1601年38歳で夭折したカラヴァッチョに惹かれた。

 激しい性格ゆえか、飲み屋でのいさかいがもとで人を殺めてしまい、ローマから逃亡の旅に出る。追われながら行き着いた先はマルタ島だった。そこでひたすら信仰を誓い、やがてローマ騎士団の騎士になり、騎士団から委嘱され描いた作品が「聖ヨハネの斬首」だ。ヨハネの首から流れる血の中に己の名前を巧みに記していた。つまり逃亡生活から、騎士団に入り作品も認められてようやく己の署名入りの作品を描いたということだ。

 しかし、その生活も長くは続かず、マルタ島を追われ、ローマへ戻ろうとする途中で死去してしまう。印象的なのは、若い青年が殺人を犯す絵があり、その青年が若いころのカラヴァッチョ自身であり、殺される男も壮年のカラヴァッチョ自身というものだ。己を己で殺す・・・カラヴァッチョの心の深奥が臨める作品だ。

 芸術の中でも美術と音楽は対照的だ。静と動とでもいえようか。美術は己と作品との純粋な問答から作品が生み出され、音楽は美術と比較をすると、他とのかかわりが大きいともいえよう。だが、作品として世に出るときは、美術も音楽も同じかもしれない。つまり、人間関係や時代の流れに否応なく影響されてしまう。生命を維持するという意味での生活必需品ではない「芸術」の宿命かもしれない。

 しかし、心の維持、精神の維持と考えると存在自体が変わってくる。肉体の存在と精神の存在があることが人間を人間たらしめているのではないか。そのようにも思うのだが、仕事をしている人は仕事に没頭し、毎日の時間に追われている人は自分の心を振り返る瞬間もないのが現実だ。

 時間の余裕ができてから心を振り返るのではなく、忙しい中にこそ心を見つめる必要があるのではないかと思うのだが、それは・・・甘い・・・か。


 

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