徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*四十四段*<県民合唱団のロ短調ミサ曲−2−>2008.2.4

 千葉県文化振興財団主催の県民合唱団によるロ短調ミサ曲の本番までいよいよ三週間を切った。


 はじめての合唱団と指揮者とで顔を合わせた練習が行われた。200名を超える県民合唱団の人数だ。練習会場である千葉県文化会館の大練習室もぎっしりと埋まる。何と第一回の演奏会から県民合唱団に参加されている方の顔も見える。嬉しさで胸がいっぱいになる。

 10年以上も続いているこの演奏会・・・感慨深い。毎年続けて参加されていることに心からの敬意を表したい。その人その人の状況を思えば継続の難しさも自ずとわかる。意欲だけではどうにもならない。継続できる状況に感謝しながらの県民合唱団への参加とその思いに心が震える。その方の体力、気力、種々の状況が許す限り参加をいつまでも続けて欲しいと切に思った。

 さて、合唱団との初顔合わせだが、初回は毎回同じ感じだ。文字通りの初顔合わせ・・・手探りの練習の時間が過ぎる。少しずつお互いの気持ちが通じあうような、そんな感じになる。そう感じて安心すると微妙に距離が遠のいたり・・・安心と緊張の繰り返しで時が過ぎる。本番指揮者の方向が少し分かってくれればそれで初回は目的を果たせたも同然だ。

 この後に、合唱指揮者との練習があと二回残っている。これが大きな武器だ。本番当日に舞台に乗る人は全員練習に出席をしてくれるように祈っている。

 ロ短調ミサ曲と曲名はついているが、純粋の音楽作品だ。バッハの確固たる揺るぎのない信仰への思いを表現できればと願っている。そしてその表現は決して古色蒼然としたものではない、いまここに生きるバッハの曲としてでなくてはならない。現実と常に向きあってこその芸術だ。自己満足や回顧趣味に陥ることを戒めたい。

 この曲は合唱がメインの曲だ。合唱団としてやりがいも大きいし、また負担も大きい。たとえ人数が200人いてもその一人ひとりの存在は決して200分の1ではない。指揮者やソリストと同じかそれ以上の重さを持つ一人ひとりだ。練習回数、本番までの日数が限られてきたが、歌の練習に思い残すことなく取り組んでほしい。毎年歌える機会のある曲ではないし、たまにしか巡り合わないチャンスだ。考えようによっては、この時間を最大限生かすことが、生きる証しとも言えるかもしれない。

 200人以上の人たちと練習を重ね、難しい音型に悪戦苦闘をともにしてきた合唱団、この時間の積み重ねと気持ちの積み重ねは貴重なものだ。「一期一会」まさにその言葉通りの、一瞬に思いの丈をぶつけてほしい。

 混沌とした現代に生きる、身の切られるようなひたむきな演奏を目指したい。


 

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