指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百四十段*<伝統と変革>2010.8.15

 ちば室内の定期が近づいてきた。今回の目玉はオケ的には何かというと、高校生の二人がクラリネットを担当するということだ。難しいブラームスの交響曲第3番だから余計に期待が大きくなるとも言えるし、不安も募るというものだ。

 このことは、団員の中の若い人に活躍してもらう、という方針にもかなっている。若いということ、千金に値する。その責任の重さに応じてその人の能力が飛躍的に伸びるのも若さゆえだ。半面、楽しみを味わうにはそれなりのリスクも伴うものだろう。壁は「経験」の少なさだけだ。

 オーケストラにはいろいろな形があり、分かりやすい分類ではプロとアマとで分けられるし、プロとは言ってもその内情はさまざまで、年に4回程度の定期をしているのもプロになるし、毎月定期を開催しているのも同じプロのジャンルだし・・・ボーダーはあいまいだ。組織や存在はあいまいでもそれはそれで存在しているのであれば目くじらを立てることもあるまい。

 平均年齢の高いオケもあるし、若いオケもあるし、聴く人の選択肢が多くなるという観点からすれば、多様なオケがあるのがいいことかもしれない。
 最近、ネットの「つぶやき」から、賛同者を集めオケを編成し、演奏会をやっていた団体をネットで見つけた。こんなつながりもあるのだと感心をし、着想のユニークさにも感心した。
 演奏の様子は・・・見た目で驚いたのは、本番の最中に、携帯、アイフォン、などで演奏していないパートの人たちが舞台上で、キーを操作し、画面を見ていた。これには少々驚いた。そして、自分が音を出すときになると楽器をとり演奏に加わる。

 価値観の多様さは大いに認めるところだが、とにかく、この光景は感動的でさえあった。前にどこかのオケで、待ちの長い楽器の奏者が、その時の態度が悪かったと聴衆からブーイングが出て、厳しい立場になったことがあったが、それは、このケースではなんら問題はないことになる。

 人間の価値観の「伝統と変革」とは摩訶不思議で奥が深いものだと、改めて思った。
 ちなみに、私の指揮するオケでは前述のような行為はもちろんダメだ。音楽をするときは音楽に集中する。このシンプルな理由で、なのだが。そう考えないと作曲家に失礼な気がするし、お客様にも失礼な気がする。・・・というような思考はもう古いというか通用しないのか・・・観察してみたい人間の価値観の変容の一齣だ。

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