指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百四十五段*<乗り物の進化>2010.10.18

 たまたま常磐線を利用することになった。「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」、二つの特急列車が走っていることを知った。両方に乗ることができた。スーパーが1989年(現在の車両)、フレッシュが1997年からの車両で、形式が違う。9年の時間差しかないのだが、ずいぶん印象が違って思えた。スーパーひたちには何年か前に乗っているのだが、フレッシュひたちに今回乗ってみて、明るい車内とクッションは薄いのに座り心地の良いシートに驚いた。

 車や電車などの乗り物の進化は、大体10年経つとずいぶん変わるような気がする。最近の新車に同乗したり運転したりするとつくづくそう思う。10年以上前の車を大事に丁寧に扱ってきて、まだまだ乗れる状態だとしても、さすがに随所に疲れが出てきて、それに機能の古さは覆うべくもない。車の免許を取ってから、若い頃は特に何台も車を乗り換えた。今までの日本車の特徴として、中央付近のハンドルの遊びが結構あってなんとなく操縦した感じが曖昧に思えていたものだが、最近の車にはほとんどそれを感じない。それと、カーブの時にハンドル操作よりも遅れて車体がよじれるような感じがする微妙なずれがない。

 もちろん乗員への安全性の確保も雲泥の差だ。最近の車のエアーバッグの数の多さがその証だ。まだ使ったことはないのだが、前面も側面も車種によっては後ろにも装備されていると思えば、心理的にも安心だ。新しいスポーツカーのような車に乗ってみたいものだが、これは財力が伴わず、見果てぬ夢だ。20歳代の頃なんて、一人か二人でしか乗らないのだから買えばよかったのに、小心者の自分は、2ドアだと後ろの席の乗り降りに不便だからとか、何とか理由をつけては、スポーツ車を買わずに4ドアセダンを中心に乗っていた。唯一のスポーティーな車は、小型セダンだが(大衆車)、サニーターボ「ルプリ」だ。排気量1500CC、ターボチャージャー搭載、ポルシェタイプのマニュアル5段ミッション(実際は使いにくいのだが)、パワーステアリングなし、というものだ。

 初代のトヨタ セリカには乗りたかったなあ。あまり大きな車には興味がなかった。スカイラインとかモデルチェンジしていって大きくなってしまったセリカとか、これも車体が大きくなったフェアレディZとかにはあまり興味が湧かなかった。

 残りの時間の中で果たして新しい車を購入することができるのだろうか。いささかの寂しさを感じる今日この頃だ。しっかりとした足周りと、切れの良いハンドル、軽快な加速、こんな条件を持ち、なおかつリーズナブルな車はないか・・・結論はないだろう。これはあまりに虫のいい条件だ。欲しいのなら、大枚のお札を払うしかない。
 さびしく、当たり前のことを再認識してのこの「段」だ。久しぶりの徒然草だというのに。

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