指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百四十六段*<「三つ」の満足>2010.10.24

 ドクター・ドリトルが面白い。天才的な獣医、鳥取先生が主人公だ。外科の鋭い技と、口の悪さ、しかし、なんとなく、本当はやさしい。こんな人に誰もがなりたいと思うだろう、と思わせてくれる。秋になると、新しいテレビドラマが一斉に始まる。日本だからか、この「一斉」がどうも好きらしい。われわれの民族性か?赤信号 みんなで渡れば 怖くない・・・こんなものか。

 ドラマだから、当然主人公がいる。幾つかを見たが、この主人公が一番魅力的だ。ドリトル先生。

 大中 恩さんが、自分の作品での合唱演奏会を開いた。あいにく行くことはかなわなかったのだが、相変らずのお元気だったらしい。再来年の「米寿」の記念演奏会もすでに期日と会場が決まっており、矍鑠とした姿と前向きな姿勢にはただただ脱帽するのみだ。

 枯渇しない創作意欲、枯渇しない表現意欲・・・神が(天が)授けたものだとしか言いようがない。

 最近、自分が両親から生れたと実感することがある。血圧が高めなのは母親からの遺伝か、そして、お酒を飲んでいて、ある時間が過ぎると急に「くしゃみ」が出始める。これはもうアルコールは飲むなという命令にも思え、それに従う。思えば、私の父親もそうだった。その当時は、「飲みすぎだよ・・・」とか偉そうに父に言っていたのだが、まさか自分もそうなるとは・・・くしゃみは嫌だが、父親を思い出せるのはいいことだ。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番にハマっている。これを指揮したことはない。今度指揮をする。楽器の使い方は当然変則だ。フルートは一本だ。トランペットはずうっとお休み、効率を考えないオーケストレーションだと思うが、そんなことは大先生に向って言えるはずもなく。ベートーヴェンらしくなく、とてもロマンティックな曲に思える。(私だけかも)

 満足感というのは、実は自分が何かをやらないと感じられないタイプのようだ。映画やドラマを見るのだけでは満足しない。一時の娯楽だ。

 今、とりあえず二つの満足がある。指揮をしているとき(当然か)、指揮法を教えているとき(進歩を見るのは楽しい。齋藤秀雄メソードを指揮の技術だけの伝授と批判する人もいるが、それは違う。何でも、実際にやったことのない人に批判はされたくないし、本当は批判する資格もないはずなのだが)・・・三つ目の満足を探しているところだ。「三」という文字は重要に思える。三つ、この数字はなんとなくではあるが、己を納得させてくれる数字だ。

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