指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百四十七段*<魔術師>2010.10.26

 前の段で、ベートーヴェンの4番のピアノ協奏曲にハマっていると書いた。この曲は意表をついて、突然の静かなピアノの独奏から始まる。何気なく聴いていると、はあ、そんなものか・・・と感じるだけなのだが、この短い「動機」がとんでもなく効果的だと後になって気がつく。ベートーヴェンの真骨頂は短い「動機」を変幻自在に変化させ、拡大させ、一見わからないように曲の中に忍び込ませ、聴き終えたときに「なるほど」と思わせる「動機」の扱いにある。正に動機の魔術師だ。

 魔術師・・・この言葉も要注意だろう。普通、魔術師というと表面の目くらまし、か、意表を突く瞬間の変幻自在を想像してしまう。ところが、ベートーヴェンは違うのだ。短い「動機」を材料に迫ってくるのは、聴き手の心の中だ。「音の魔術師」とか「絵の魔術師」とかで使われる「魔術師」という言葉だが、ベートーヴェンは「精神の魔術師」だ。

 天才、才能のある芸術家・・・これもよく使う言葉だ。モーツァルト、ベルリオーズ、チャイコフスキー、リムスキーコルサコフ、サン=サーンス、何人でも名前が浮かんでくる。
 ベートーヴェンは別格だ。「精神の魔術師」「精神の伝道師」「意志の具現者」・・・言葉で表すのは難しい。

 ベートーヴェンの管弦楽曲を継続して取り上げている。交響曲と協奏曲が主なものだが、それでも、ベートーヴェンの深奥を感じることができる。ブラームスの交響曲もシリーズとしているが、指揮者に迫ってくるエネルギーが違う。
 音楽は基本的には心に沁み入ってくる。心を満たしてくれる。しかし、ベートーヴェンは心を揺り動かしてくれる。精神に問いかけて、時には無言の励ましの力を与えてくれるベートーヴェンの音楽は、私には生きるためにも必須のものだ。

 猛暑が続き、いつになったら秋が来るかと待ち遠しく待っていたら、その気配を感じる間もなくもう寒波の襲来だという。自然は気まぐれだというか、地球は生きものだというか、自然と時間には抗することもできない。
 成長していく若者ほどのエネルギーはすでになく、枯れ切るほどには衰えてなく、人生の中の半端な年齢の今だ。自律的に生き切れるか、他律的に生きるしかないのか・・・厳しい方向付けの毎日だ。

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