指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百五十六段*<年末年始>2011.1.1

 気が向くと、入浴しながらラジオを聴く。何十年も前からそうしていたようだ。木製の風呂桶に入って聴いた記憶があるのが未完成交響曲で、作曲者の名前くらいは音楽の授業で知ってはいたが、ロマンティックな旋律が心に残った。(と記憶しているから)

 2011年の最初の入浴で、たまたま流れていたのが美空ひばりの曲だ。子どもの頃、音楽にそれほどの関心を示さない父親が、美空ひばりは歌が上手いと言っていた。その時は、ああ、そんなものかな、とだけ思ったのだが、やっぱり天才的に上手い。音域の広さと音程の確かさは誰にもできないくらいの精度がある。年末に幾つか聴いたクラシックの歌手は、ほとんど音程が悪かった。(微妙に低い。特に女声の歌手)
 声楽家って自分の音程がわからないのだと(わからない人がいる、かな)、声楽家の人から聞いたことがある。そうかもしれないと(いや、そうだ!)思った。

 美空ひばりの最後のレコーディング曲「みだれ髪」なんて、技量と表現の深さが相まって最高の出来栄えだ。(作詞:星野哲郎、作曲:船村 徹・・・このコンビがまたすごい)

 年末恒例の「第九」(第九と大工を間違えていたという話はもう昔話になってしまった)を音楽情報誌で探した。12月26日(日)の一日だけで、東京関東で12、近畿で5、北海道で2、中部中国四国九州でそれぞれ1回ずつ、合計20回もどこかのホールで演奏されたわけだから、余りの数の多さに改めて驚いた。前の段で、演奏がルーチンワークになっていると書いたが、回数の多さも原因かもしれない。一日で20回だから、その前後を数えれば、もう信じられない回数のまさに年末恒例行事だ。ベートーヴェンがお墓の下で一番驚いているかもしれない。

 オケのボーナス支給のために、苦し紛れに年末に第九をやったのが流行の始まりだとの説もある。日本人は格別に第九が好きらしい、という話もうなずける。「第九」が身近になるのはいいことに違いない。だが、第九だけを身近に感じても困るのではないか。どこかの方向にわっと流される(流れる)日本人の悪い習性にも思える。

 同じことをするのが好きな日本人、正月の初詣、これもそう思えるではないか。明治神宮、川崎大師、成田山、浅草寺、このあたりが初詣客人数のトップを争う。つまり、初詣だけにどっと人が押し寄せるということだ。本来は、地元の神社、仏閣にお参りするのがあるべき姿と聞く。(若いころは、私もその著名な神社、お寺に初詣をしていた。歳をとると体力が持たないから、自然に足が遠のいたかも)

 美空ひばりの歌声を聞いたから、今夜見る夢は、父の夢か。苦し紛れに見る仕事の夢か。初夢は2日に見るのをもって初夢というようだ。今年はいい夢を多く見たい。

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