指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百五十七段*<久々の徒然草>2011.1.17

 徒然草の更新をしばらくしなかった。新しい段がないことを指摘された。それに刺激をされてのこの段になる。

 年末以来、幾つかの県での豪雪のニュースが流れた。自然の猛威を改めて思った。昨日、降雪があった。朝、雪が凍結していた。道理で寒いわけだ。低体温の私には寒さが一塩だ。

 1月15日のニューイヤーコンサートの時に、美味しいチョコの差し入れがあった。この人はいつも「美味しい」ものをプレゼントしてくれる。ちなみに、男の人だ。日本酒だと、私には初めての銘柄で、しかも美味い。今回のチョコレートもそうだった。私はお酒を飲むので、チョコに少しのお酒が入っているのを美味しく感じる。(家人は苦手のようなので私がほとんどを食す。)

 私の味覚の鈍感なところは、味の分析をほとんどできないことで証明される。美味いとか不味いとかは感じるのだが、其の訳になると全然わからない。これが実は悔しいのだが、何年経っても、幾つ歳を重ねても一向に向上しない。これを今年の自分に課する課題にしようと思う。そして、年末にこの報告だ。

 低体温は免疫が弱くなるとのこと、これも要改善点になる。大きく書くと命に関わるかもしれないので、ウルトラ生姜を食べて(これだけでは、ない。対策は。)改善を図ろう。

 音についていろいろ思うところがある。新年の世界一と称されるオーケストラのニューイヤーコンサート、十八番の曲だろうに、相変わらず音の合わない、音程の合わない、縦も合わない、少々聴くのに難儀な演奏だった。と、私や何人かの人はそう言うのだが、一方では世界一上手いオケだと言う人もいる。(思いこんでいる人も限りなく多い、のだろう。)

 15日の公演では、3人のピアニストがピアノを担当した。私の好きな音と好きな(というか、説得力のある演奏をしてくれる)ピアニストがいる。合唱団員の心地良さそうな顔を見ながら指揮をしていると、伴奏のピアニストとの巡り合いが重い意味を持つとつくづく思った。

 実は、合唱の演奏会に足を運ぶのを躊躇う一因にピアニストの演奏があるのだ。無造作にピアノの鍵盤を叩き、指が回れば「良し」と思えるピアニストでは、聴いているうちに不快感が増す。この伴奏ピアノにこだわる私の価値観が時に、合唱(団)を軽んじるかのように判断されることも有り、益々音楽(界)の不可思議さを思うとともに、皮肉にも音楽(演奏、表現、「界」)の奥深さを思い知ることにもなっている。

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