指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百六十段*<懐かしい曲から…>2011.2.12

 「五番街のマリーへ」をふと耳にした。何十年も前の出来事を思い出した。胸が苦しくなった。そのころのことが、一番思い出したくも有り、思いだしたくない時でもある。失うことの意味が良くわかっていなかった。人を失い、時間を失い、取り戻すことはできないことを実感しない。若いということの証明だろうか。

 その時の喪失感をいまになって感ずるとは。その時には大して感じず、後になって悔む。その繰り返しの生き方だったような気がする。みんなそうなのか、それとも・・・とか、考えてみる。

 40歳代後半に、実の父の老いを感じ、父がいなくなった時の自分の気持ちを想像し、とても持ちこたえられないと思ったことがあり、心が苦しい一時期があった。何故か、父親への思いが特に強かった。溺愛とも言えるかもしれないかわいがられようだったからか。

 実際に父が亡くなった時、仕事の忙しさに心を紛らわせた。その時に耐えることができたからこそ、いま、ここにいる。大抵のことには耐えられるのだとも思うし、しかし、これから味わう喪失感は今までとは違うような気がする。

 「五番街のマリーへ」と「ジョニーへの伝言」は忘れられない曲だ。自分が好きな曲だったから忘れられない、という曲もある。好きだった人が好きな曲だったから忘れられない曲になっているということもある。

 そのころの年齢・・・20代半ばだ。もちろんクラシック音楽の世界に入っていた。合唱の指揮もしていた。そんな自分が、そのころの曲として思いだすのがこの2曲とは・・・。過去は美化して記憶し、現在をことさら厳しく感じる。そんなようにも思う。

 さて、そのころの音源はカーラジオかカセットテープだ。車でのAM放送(中波だ)、カセット(車やラジカセ)テープから流れる音楽に何の疑問もなく満足していた。時々、テープが絡んだりして、取り出しに苦労をし、取り出せてもテープがねじれてしまい、音はゆがんでしまったりと、今では想像のしにくい出来事が当たり前と思えた時だ。

 初めて法隆寺の五重塔、薬師寺の三重塔をみて、深く印象に残り、心が躍ったことも懐かしく、しかし、今は同じようには心が躍らない。感受性はまぎれもなく錆ついてきているのだ。そんなことを数多く自覚しながら帳尻合わせをしながらの毎日と思えば、なおさら夢が無くなる。

 客観的に考えれば、私個人の経験は、ごく普通の経験なのだ。もっと厳しい、もっと切迫感のある経験をしている人を思えば、自分を幸せものだと思わねばならない。
 実は、今でも時には、モノラルでラジオ(おもにFMだから音は中波より格段に良い)を聴くこともある。ラジカセも(時にダブルカセットは、音楽の勉強用に)使うことがある。そう思えば、昔とそれほど大きな違いがないとも言える。あまり変わらないという認識への安心感、これは、精神安定剤になる。

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