指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百六十一段*<ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番>2011.3.9

 ベートーヴェンの顔は果たしてどんな顔だったのか。肖像画は小学生の時から音楽室の壁の上に、ハイドン、モーツァルトの隣くらいに貼ってあった。あの羽ペンを持ってこっちを向いている素敵で若く凛々しい顔だ。後は、散歩しているように歩いている姿、デスマスク・・・か。

 私の中でのベートーヴェンの最初の出会いが、交響曲第5番ハ短調OP.67「運命」だから、その印象での作曲家との出会いだ。中学生のころ、その「不屈の意志力」とか「運命に圧し曲げられるままには、ならない」強いベートーヴェンにあこがれた。そこに近づこうと思った。それが、そもそも無理なのだが。その時には思えずに、己の分を知るのはかなり後になってからだ。

 今度指揮をする、ピアノ協奏曲第4番・・・これは、喜びの音楽だ。何に喜んでいるのか、だいたい、はたして喜んでいるのか、ということの説明を客観的にできるわけではないのだが、とにかく、喜びの曲として私に存在している。

曲の冒頭が、突如としてのピアノソロ、それも5小節といういささか切れの悪い小節数のメロディーからだ。後は、お決まりのベートーヴェンの独壇場だ。どんない短い動機でも、変幻自在に、瞬く間に、大きく展開させる。

 そして、ホ短調の第2楽章、この暗い弦楽器から始まる旋律さえも、その中に喜びがあると感じるのは、もしかしたら私だけかもしれない。
 ベートーヴェンをシリーズで取り上げている最中なのだが、このピアノ協奏曲の指揮は初めてだ。一見地味な印象だが、その実は、なかなかの「熱」を秘めており、しかも、ロマンにあふれている。

 協奏曲はソリストとの出会いが楽しみだ。今回のピアニスト飯野明日香氏とは初めてのコンチェルトとなる。近代現代の曲を中心にリサイタルを続け、フランスの作品を多く取り上げている其の人が、あえて、その対極に位置するとも言えるベートーヴェンのコンチェルトを弾いてくれる。このことだけでも、期待は否応なく膨らんでくる。

 協奏曲では、ソリストとオケの団員(何十人かは数える)と指揮者とで、本番の舞台上でお互いに触発される時もあるし、そのような感覚を持てないままに終わることもある。その理由を一言で表すことは難しい。
 一人の指揮者としては、思うように指揮のできる交響曲に「振りがい」(造語か)を感じるのだが、触発ということを思えば、スリルある出会いの可能性があるコンチェルトが正に生きている実感を持てる貴重な時間になっている。今回はそれをいつも以上に望んでいる。

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