指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百六十二段*<東日本大震災>2011.3.15

 厳しい・・・こうとしか言いようがない。2011年3月11日 金曜日、午後2時46分、三陸沖を中心とする震源地の大地震、関東地方に住む私のところでも、尋常でない揺れを長い時間感じた。今までの経験にない地震だった。

 書棚の前扉を押さえた。すぐに右手の積んであった楽譜が崩れて飛び散った。横積みの封筒や楽譜、CDが落下した。住まいのマンションが崩れるとは思わなかったが、時間がやけに長く感じられた。

 北地方の惨状は、報道されている。はじめは被害状況の情報が少ないのだから、全容はわからない。最低限の片づけをして、所用のために一時間遅れで自宅を出発した。地震の後、直ぐにテレビをつけた。津波警報が直後に発せられていた。地震の多い日本だ。さすがに、津波の警報が早いと思って少し安心をした。

 しかし、その日の夜から、被害の状況が徐々に明らかになる。本当に徐々に、だ。今でも信じられない光景だが、家が、車が、船が陸地に向かってくる津波に襲われていた。高さ10mの日本一といわれる防波堤の上を津波は乗り越えた。

 これを書いているのが、15日の早朝だ。死亡推定数1万人を超えるとの報道、原子力発電所の打撃、放射能汚染への恐れ、電力不足、心が震え、気持ちが萎えていった。
 福島県の二つの原子力発電所のある地域の音楽会に、二回行っている。最近では去年の10月、子どもたちの演奏、その後の指導の先生方への講評と二日間を過ごした。あの子どもたち、先生方は無事なのだろうか。町が壊滅という報道を見れば胸が騒ぎ痛い。

 関東地方は今日から計画停電(輪番停電と最初は称していた。)が始まった。地震と津波の直撃を受けなかった東京でも死亡者が出た。関東地方の大部分に被害が出た。震源地に近い東北各県の被害に比べることなどできないのだが。

 意味のわからない政府の記者会見、原子力発電所を運営する東京電力の記者会見、原子力保安安全院の(経済産業省か)記者会見、婉曲的な奥歯に物が詰まったような言い回しがいかにも日本的で、ちんまりとしてぼんやりしたものだと感じたのは私だけか。情報を小出しにする、対応の数字も小出しにする、そのように、慎重に会見をするかと思えば、突然、前日の夜に計画停電実施の発表をする。このちぐはぐ感・・・大組織だろうに。

 首相や官房長官が記者会見をし、その中に細々とした数字を入れての説明を始める。こんなトップリーダーの姿をだれも見たくはないし、会見を聴きたいとは思わないだろう。

 天災は避けられない。天災に見舞われる前、見舞われた後、どのように対処すればいいのか。被災された人々に思いを寄せながら、いろいろと考えを巡らせる。今も余震が続いている。

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