指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百六十八段*<人間の力、社会の力>2011.5.23 *ソフトの不調でアップが遅れました

 文を書くと言う行為は不思議なもので、こんな取るに足らない日記のようなものでも、しばらく間をおくと瞬く間に日数が経過してしまう。時々この「徒然草」を読んでくださる方がいらっしゃり、間があくと病気かと思われたりもしているようだ。うれしく、また書こうという気にもなる。

 「昭和37年の流行歌」という番組で紹介されていた曲が、なんとなくでも、ほとんど耳にした曲だった。記憶の元の大部分はラジオ放送だろう。いつのころからかほとんど聴かなくなってしまったラジオなのだが、思春期だった時期の私には、深く記憶に刻んでくれた音源だった。ザ・ピーナッツ、こまどり姉妹なんて名前を紹介されると「ああ、そうだ」と記憶がよみがえる。

 しかし、時間の経過を考えると、太平洋戦争の終戦が昭和20年、その15〜16年後には、ラジオからはこんなに歌が流れていたのだ。広島、長崎への原爆投下での万を数える死者、大空襲で焼け野原となった東京・・・そんな状態からよく立ち直ったのもだと、改めて驚きと感慨を覚えた。中学生、高校生の時は、すでに普通であるかのように電車やバスに乗り通学をしていた。日本国民全体が戦後復興への期待や夢を持っていたのだろうか。

 父や母は何らかの形で戦争体験をし、終戦後に私たち兄弟を産み、なぜか教育への理解は惜しまなかった。有難かった。高校合格を公衆電話から父の勤務先に電話をしたのが終戦後20年も経ってはいなかったことだと思えば、人間の力、社会の力、回復するときのエネルギーのすさまじさをしみじみ思う。(普通に船橋高校の前にあった公衆電話で通話をしていた。)
 と同時に、それでも都心の繁華街には傷痍軍人の白い服での立ち姿の記憶がある。正に混沌としていた時代だったのだろう。


 ドラマ「JIN」の出来が丁寧によく考えられていると感心した。ドラマは、一見わかりにくい必然性が有ると説得力が増すというのが私の考えだ。
 第5話の歌舞伎役者の親子のやり取り・・・劇中劇のような手法は珍しくはないが、達者な役者の入魂の演技でストーリーがさらに際立って、否応なく観る者の心をとらえる。このドラマでは、勝海舟が江戸弁を、花魁が廓言葉を、坂本竜馬は土佐弁を、主人公のJINは現代の言葉を使う。そのセリフのやり取りが何とも楽しい。それにこの回は歌舞伎の舞台言葉だ。子ども役の少年の無言の顔の演技が秀逸だった。言うべきこと、言いたいことが互いに言えない父と息子、歌舞伎役者の生きざまを最後に見せようとする父親、ひそかに父親の姿を見ていた息子、その場面の台本名が「対面」だ。息子に父親が二回同じセリフを言う。「あい すまぬ」「あい すまぬ」と。もちろん実際の歌舞伎のセリフだ。この役の俳優に敬服した。


 言葉さえ多ければいいというものではない。少ないセリフで多くを伝える。そうできればいいのだが、音楽でもそれは難しい。過剰な説明や解釈を加えての表現は才能のあるものに限って陥りやすい落とし穴のようなものだ。

 落とし穴といえば、原発の安全神話はいつからできたのだろう。次代を担う発電は原発だと思いこんできた自分の浅はかさを痛感している。「安全、安全・・・」と宣伝しなければ安全だと思えないことは、本当は「安全」ではないのだ。こんな道理を忘れてしまっていた。

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