指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七十一段*<ねむの花>2011.6.23

 なんだか温泉につかりたい今日この頃だ。枯れるでもなく、若々しくもなく、精神が昇華しているわけでもなく、しかし肉体だけは老化していることを思えば至極妥当な望みではある。

 今までで一番休めた気分になったのが、数年前の手術で三日間入院していた時だ。程度の差はあるとはいえ手術での入院だ。病院のベッドではあまり眠れないかと予想していたのだが、午後に入室してからひたすら眠った。

 時々、私の指揮をしている合唱団のホームページをのぞく。団員がその時その時に思ったことをリレー形式で綴ってゆく「花はな日記」が面白い。ユニークな感性や文章表現が、その人の姿をまじまじと連想させてくれる。時々笑いながら、時々共感をしながら、書いている人の顔を思い浮かべて読む。

 一人で書いているこの「徒然草」よりも面白いことは間違いない。それに、この合唱団の運営の中心者と団員は凄いものだ。実務にたけていることはもちろんだ。大体、少人数の合唱団が年間2回の演奏会を主催公演として開催しているだけでも実は驚がくだ。練習の成果としての演奏会を行うのか、演奏することを目標に練習をするのか・・・これは近いようで意外に遠い、団のあり方の問題だ。

 人間の生き方や組織のあり方など、全てのことはそれぞれに価値があり、それぞれに存在していいものだ(天に唾するものでない限り)。そして、どれを選択するかもそれぞれの決めるべきことだ。

 もしかしたら、身の丈を超えているかもしれない団の運営をしている人たちを称賛しなければならない(余り誉めすぎると、滝のように落下してしまうかも知れないのが不安でもあるのが正直なところだが。)

 いつでもどんなものでも始まりと終わりがあることを思えば、誉めておくべき時に誉めておかねばならない。面と向かって口に出すことを得意な人がいれば不得意な人もいる。自分で、言葉の表現や生き方が「不器用」と自覚しているので、今日の「段」は、それなりに精いっぱいの表現だ。

 73日のイブニングコンサートは午後5時に始まる。「月曜日とわたし」で始まり「十月のプロムナード」で終わる7曲の短い曲集になる第一ステージでは、お洒落の中にちょっぴりの感傷を、女声合唱のための三章「愛の河」では、愛の誕生と成長を、メゾソプラノソロのステージでは、声とピアノのコラボレーションを、冬から始まり冬で終わる日本のうたでは、日本の四季を、華麗に変身する編曲の妙を加えてお届けしたい。

 ルーテル市ヶ谷ホールを会場にしての今回のコンサート、求めるものはいつもと同様に「愛と心の歌」そのものだ。

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