指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七十三段*<音の風景>2011.7.13

 2011年7月13日だ。毎日 暑い。梅雨が明けたのがはっきりわかないうちにもう盛夏の様相だ。ここ何年か、季節の変わり目が分かりにくくなっているように感じるのは自分だけだろうか。

 四季が感じにくくなり、極端に言うと、冬と夏が長く続き、過ごしやすい気候のはずの春と秋が短くなってしまった。そして、冬は異様に寒く感じられ、夏はことのほか暑く感じる。加齢のせいか堪え性が無くなってしまったようだ。

 「音の風景」というラジオ番組を聞いていた。長良川の水門の開閉の様子と鳥のさえずりや人間の話声が流れてきた。
 小学生のころ、江戸川放水路の水門近くに家族で「ハゼ釣り」に行ったことを思い出した。大きな水門近くで釣っていた。その時は兄や妹や父母はどんどん釣れるのに私だけが、さっぱり駄目だった。なんだか、悔しくなり、涙が溢れた。もっとも釣りやすいはずの「ハゼ」が釣れないのだ。みんなと同じようにやれば、同じように釣れると思っていたのかも知れない。おそらく、みんなと同じではなくて、ピントの外れた釣り方をしていたに違いないのだが。

 泣いても、大して反応してくれなかった「家族」を冷たく感じた。本当はそんなことはなく両親兄弟ともに優しく、暖かい愛情あふれた家族だったと胸を張って断言する。要は自分が、ただただ甘い子どもだっただけだと今では思える。
 たかが、小魚の「ハゼ」が釣れないとは・・・それにしても悔しかった。

 この悔しい思い出と、「ハゼ」を天麩羅にして食べた時の「うまい」と思った記憶が混じり合っての水門とハゼ釣りと天麩羅の思い出だ。記憶の根拠は解明不可だ。

 5分間の「音の風景」が、何十年もの昔の記憶を呼び起こしてくれた。

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