指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七十六段*<夏>2011.8.5

 やっとというべきか、自宅近くで蝉の鳴き声が聞こえるようになった。心なしか鳴き声が小さいような気もするのだが。(蝉の鳴き声と書くのも考えてみればおかしい書き方だ。羽をすり合わせて音を出すのだから、「こすり声」か。)こんな言葉はないだろうから鳴き声と書くことにする。

 夏の蒸し暑さはたまらなく不快なのだが、うるさいはずの蝉の鳴き声はそれほど不快ではない。この時期の蝉は「あぶら蝉」が大部分で、奏でる音はただ単調にジージーと集団で音を出している。

 学校勤務の時は、一学期の終わりが7月21日、教師に夏休みはないとはいっても、気持ち的に夏休みは気持ちが幾分か楽になれる貴重な時だった。蝉の声は夏が来た合図のように聞こえた。そのせいか、蝉の声は楽しみの始まる合図の喜びの歌だった。その少し前に、雷雨があり、梅雨明けを確実に伝えてくれた。
 最近は、このような自然からの季節の変わり目、季節の到来のシグナルが曖昧になってきたと感じるのは私だけだろうか。季節外れの・・・とかではなく、何でもアリの日本の四季だ。

 宇野功芳の「名曲とともに」を読んでいたら、自然への憧れを、特に信州への思いが書いてあった。それと自分が好きな場所が、どんどん観光地化して、自然が壊されることを嘆いていた。小海線の「清里」駅周辺はその典型の一つだ。何もないに等しい駅前だったのに、ここは、原宿か渋谷かと錯覚するばかりの建物が立ち並んでしまった。 

いま清里に行くとすれば、八ヶ岳連峰の赤岳が凛として聳える中に、ピンクや白のかわいらしくもあり、小洒落た店舗のある風景を楽しみに行くだろう。(落差かミスマッチを)
 「名曲とともに」を宇野さんが執筆されたのが昭和48年とある。その中で、軽井沢は俗化完了、蓼科も風前の灯火、志賀高原、清里、八方尾根、上高地はまだまだ感動があると書いてあった。白樺湖、霧ケ峰も俗化完了と加えられていた。それから38年が過ぎた。清里は見事に俗化完了に入ってしまうだろう。俗化完了といっても一部の駅前がそうなるのだが、そこを避けて少し奥に入れば、多くの自然の恩恵を受けられるということもある。
 軽井沢は北軽井沢の方へ、志賀高原は奥志賀高原へ、「奥」と「北」がキーワードだ。近いところでは、箱根湯本温泉にも「奥湯本」があり、そこは湯本温泉付近の賑わいからはだいぶ様相が変わる。

 夏の高原への旅は、蒸し暑さからの脱出という意味でも心躍るものだ。逆に帰るときは、気温と湿度が少しずつ増して、市街地が見えてくると旅の終わりだ。あとは、日常の喧騒と蒸し暑い夏日が待っている。

 高校野球が甲子園で始まると、これは夏の真っ盛りの象徴になる。そして、決勝戦近くなると、夏も終わりだと思う。雲の形も変わる。蝉の鳴き声も「あぶら蝉」から、違う蝉に変わる。(鳴き声の「違う蝉」ではどうにも説明がつかない。昆虫や花のことが無知な証で恥ずかしい。)
 宇野さんの書かれた場所は行ったことのある場所だ。最近は足が遠のいている。行きたい気持ちが湧いてきた。

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