指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七十七段*<夏合宿>2011.8.17

 暑さが戻ってきた。というか、しばらくの涼しい日が続いたのだが、その分を取り戻すかのような猛暑日が続く。昼の時間帯に外を歩くと、蒸し暑さとの戦いの様相を呈してくる。摂氏35度以上なんて、私の子どものころにもあったのだろうか。楽しい、胸弾んでいた夏が今では苦役のように思える。

 あまり、書いてなかった習志野一中時代の思い出を書いてみよう。

 とりわけ夏といえば、5泊6日の合宿が一番の思い出だ。公立の中学校で5泊6日の合宿をよく許可してくれたと、今になれば当時の管理職の方に感謝の意を伝えなければならない。車のトランクにスイカを積んで、長野県まで届けてくれて、そっと帰ってしまわれたT先生(当時は学年主任、その後教務主任、教頭、校長になられ、教育員会でも重責を担われた。)の優しさを改めて思う。


 合宿場所は、暑さを逃れての高原を選ぶ。軽井沢の隣の信濃追分、飯綱高原、河口湖、苗場と思い出すだけでも四か所、一番回数を数えたのが、苗場の隣の浅貝スキー場の福田屋旅館だ。今でもあるのだろうか。合宿での利用以外に行ってないのが心残りだ。

 部屋にクーラーがなくても、窓からのそよ風で十分涼しいし、窓の外で練習している弦楽器の音を聞きながら、少しの時間うつらうつらするときの気分は最高だ。午前、午後、夜と個人練習とパート練習と分奏と合奏(テュッテイ)のサイクルを毎日やる。たまに、レクとして鱒のつかみ取りとか、花火大会とかをやり、合宿最後の日は納会と称して、学年やパート別、あるいは個人技を披露する演芸会のようなものを行った。

 夜の練習の後は、同行してくれるOBとの飲み会を毎日やっていた。酒の飲めないOBは居なかったのではないかと思えるくらい、毎晩飲んでいた。(・・・ような気がする。)
 この合宿に参加していた現役とOBのうち、5人は今でも一緒に演奏してくれるのだからうれしい限りだ。

 外気の暑さに対処するべく、苦手なエアコンの涼しさを適度に取り入れ(しかし、クーラーの冷気は骨まで冷え、私の体は全くなじまない)、扇風機は積極的に微風で回し、気持はファイターになる・・・変な戦いの中に、夏の思い出としてこの合宿が思い出せるのは、幸せなひと時でもある。

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