指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百七十九段*<幕引き>2011.10.7

 前段から、2か月近くになった。季節は「秋」になった。こんな文でも読んでくださる方がいらっしゃることに感謝を申し上げたい。前段から間が空いたことをお詫び申し上げます。

 温帯地方とてっきり思い込んでいたのが間違いだと考えるに至った夏の気温だった。猛暑と極寒、これは自分にとっての警報になる。自然からの警鐘だ。

 自然の中で生きている小さな存在だと思えば、今生きていることを僥倖と思わなければならない。とは思っていても、過去を振り返り、未来をも夢見ることができるのも人間の能力だ。それに完全に蓋をすること・・・これも至難の業だ。

 作家・伊集院 静の本が売れているとのことが広告やテレビの中で分かった。丁度一年前、新幹線の車内誌「トランヴェール」で同氏のエッセイを目にした。光景は鎌倉だと記憶している。落葉の中に、早逝した妻の姿を見たような気がした、という文章がとりわけ印象に残った。自分にはこんな文章表現はできっこないと思った。(当然だ。)

 最近、自分の幕の引き方を考える。人生の幕引きだが、まずは仕事の幕引きだ。他人に幕を引いてもらいたくないので自分で幕引きをしたい。多くの人がそうだと思うのだが、まずは、係わる組織での幕引きだ。新しい細胞に引き継がねばならない。己が生きることと、その後に繋げること、これは生き物の本能であり義務だと思うようになった。

 私の恩師で、70歳になったら公的な仕事から一切手を引く、と日ごろからおっしゃっていた方が居られ、実際にそのようにされた姿を目にしたとき、実に潔いと感服した。私の中での老いは潔くなければならない。もっともこれはその人の価値観に関することだ。倒れる寸前まで組織に影響力を持ち続けたいと思う人もいるだろう。(実際、多く居る。)

 phoneやIpadで世界を席巻した創業者が死去した。56歳、何という若さだ。特異な才能を持つ人を、天は早逝させるような気がする。彼は経営者だったのか芸術家だったのか、あるいは両者だったのか。

 楽聖ベートーヴェンの交響曲をシリーズで全曲取り上げる企画も半分を超えようとしていることに気付いた。天才、奇人、努力の人・・・いくつも称せられるベートーヴェンは触れれば触れるほど、熱く、火傷しそうなくらいに惹きつけられる。このシリーズは何としても成し遂げたい。

 四百七十八段へ   四百八十段へ