指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百八十段*<3ケタの国道>2011.10.9

 よさく、と呼ばれる国道がある。国道439号線、439だから通称「よさく」だ。四国の国道だが、この道が辺境の無人集落と有人集落の境目のようなところに敷かれている。国道とはいいながら、舗装されてない細い道が半分以上だろうか。

 3ケタの国道は、油断ができない。特に、初めて通るときは。
 大学生のころ、長兄家族の里帰りの運転を買って出て、道路マップを見ながら選んで行ったのが「国道○○○線」という名の記されている道だ。この選択は大きな間違いだと走っているうちに気が付いた。

 自分の国道のイメージは、国道1号線や国道16号線、国道6号線など要するにメインの国道だ。道幅が広く、通行車両は24時間途絶えることがない。
 それが3ケタの番号の国道となると、まったく様相が違う。対向車両とのすれ違いができないくらいの道幅、ガードレールのない崖側の道、石がごろごろしている道、これが三桁の国道の状況だと分かったのは、かなり後になってからだ。


 道は、一旦入るとなかなかUターンが出来ないことが多く、仕方なく前進するのみになる。曲がり角の多さと、石の多さに泣きたくなって運転をしていたことを思い出した。いかにも、この道で間違いない・・・というように自信を持って運転をしていたのはいいが、悪路とカーブの連続では、隣の人(女性の時もあり)の不興を買うのも当たり前だ。

 運転していて、楽しくなる標識がある。「落石あり、頭上注意」・・・これだ。カーブのところにこれがあると、それは無理だろうと真面目に思った。山道のカーブ、細い道で頭上に注意を払うのは難しい。夜に走ると街灯などはないのだから、ヘッドライトの灯りだけで頭上を見るのは不可能だ。こんな場面が結構楽しい。

 山道の途中に、数件の集落の屋根が見えたりするのも心が躍る。海の中に家は建てられないのだが、山の中に家を建てることはできるということか。どんなふうに暮らしているのかと想像する(年齢や姿まで勝手に)。比較的、都会といえるところに住んでいる自分とは、相当に違う生活をされている方が居られることをうらやましくも思う。

 車の運転そのものは、好きな方ではないと思える自分ではある。それでも、時には3ケタの道を走りたいと思う。県内でも2時間も走れば、日常とは違う景色に出会える。田植え前の水田にトラクターが動き回っている情景は格別だ。(トラクターの愛嬌のある「顔、形」がいいではないか。運転している人は小柄だ・・・自分の想像では)

 今の車生活は、寂しいものだ。若いころの半年ごとの車の買い替えなんて夢の彼方だ(無駄なことをしていた)。現実は・・・2台乗っていた車の一台は廃車し、残ったのが軽自動車、これでの遠出は少々疲れる。(しかしながら、この「軽」はターボチャージャー付、車高が高く、アクティブな侮れない実力がある。自分の車は自慢したいものだ)。だんだん出不精になっていく自分を見るのもどうか?と思うので、この辺で、つつましくも車にリベンジしようかと・・・だが、名案のないままに時を過ごしている。(名案ではなく、お金がないのだ、が正しい。)

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