指揮者 Conductor
高橋 利幸 Takahashi Toshiyuki


徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−
 



*四百八十二段*<恩返し>2011.10.20

 三年ほど前のはがきを読み返してみた。机の整理の途中のことだが。お便りにはたいてい気候のことが書いてある。その頃も季節らしくない季節を書いていた人が多かった。
 季節らしくない季節とはつまり夏が異常に暑すぎたり、梅雨がなかったり、冬が厳冬だということだ。
 思い返せば、その異常気温はプレート大移動の前触れだったのかも知れない。
 こういう言い方は科学的でないのだが、しかし、だれも3月11日の大地震を予知できなかったことを思えば、こんな風に考えても全否定はできないだろう。科学が万能ではなく、人間の叡知の脆さを思い知った。

 今年は春を感じる余裕もなく、ただ、大震災と原発にやるせなく日々が過ぎた。夏は恒例となった猛暑だ。日本の夏ではないとさえ思えるかのような気温に体が参った。
 これを書いている今は秋なのだが、毎日の気温の変化の大きさは相変わらずだ。おそらく、すぐに冬になり、また厳しい気温の低下の連続が到来するだろう。

 己の老いは置いておき、若者の未来を思う。現代の青年は超氷河期と呼ばれる就職難に見舞われている。退職後に最低の生活を保障するための年金が、支給年齢は70歳からなどと予測されている。70歳まで労働を義務としなければならなくなるとしたら、結構、体が厳しい状況になるだろう。日本の国民性といわれる相互扶助の精神をもってしても、生活自体が苦しくなるのは必至だ。人間だれもが同じ能力を持っているのではない。弱肉強食では動物の世界と同じだ。

 先週一週間はコンクール関係で毎日が過ぎた。息つく暇もないくらいの毎日だったが、終わってみれば、充実・・・の一言に尽きる。他のことを考える余裕がないのは、不幸ともいえるが、幸せでもある。ましてや聞こえてくるのは楽器の響きだ。
 見えてくるのは、懸命の一心不乱の子どもたちの姿だ。我を忘れてコンクールの舞台の上に入魂の一音を奏でる。一球入魂と同じく一音入魂だ。

 ところで、秋のこの時期でも節電を続ける意味は何なのだろう。蓄電は基本難しいのだから、理由は「節約は美徳だ。」ということか。タイの洪水で大きな被害が報道される。日本の製造業の工場が水につかったということだ。
 日本では大震災、タイで洪水とは、辛いことが続くものだ。すべてがグローバルな社会となった今、このようなことはこれからも起こり得るということだ。

 昭和30年代に、世界が南極大陸を目指し(その真の理由はわからないのだが)砕氷船で氷を砕きながら進むその報道に歓喜したことがある。日本も、敗戦後間もなくではあったが南極越冬隊の派遣を決めた。砕氷船の名は「宗谷」海上保安庁の中古を改造しての砕氷船だ。
 その「宗谷」が氷に閉ざされて身動きが取れなくなった時に、救助に来てくれたのが当時のソビエト連邦の砕氷船だった。東西冷戦時代のこの時に、敵側にあたる国から助けが来たことが大きく報じられた。
 対立や戦争は個人ではそれほど大きな問題ではないのに、国対国となるとまた別物になる。このような繰り返しを人間はこれからも懲りることなく繰り返すような気がしてならない。

 6畳二間とプラス土間の借家での小中学生時代、それが楽しくさえ思い出されるのは、なぜだろう。子供4人と両親の6人が暮らすには狭すぎると思うのだが。それを感じさせない親の愛の深さがあったのだろう。無意識に認め合う兄弟の思いやりがあったのだろう。
 それにしても、私は親の愛と兄や妹の愛を受けるだけだった。この受けた恩をどう返せるのか。父はなく、次兄もなく、少なくともこの二人にご恩返しはできていない。
 尊敬する古谷武雄先生は、父の葬儀に病のため列席できなかったことを詫びての封書のなかで、「病が小康を得たら、必ず墓参に参ります。」と書いてあった。「決して、忘れているのではないのです。思うように動かない体がどうにもならない」とも。そして、約束通りに後日お参りに来られた。情に厚く情にもろい人だった。
 周りの人に恵まれ、助けられている私自身は卑小で、それを自覚しながらいまだに直せないでいる。直せる残り時間が少ないことも知りながら。

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