徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*四十九段*<想い出の断層−23−>2008.2.14

 迷走の時・・・15歳から23歳までがその時代だった。振り返ると、なぜあれほど、親に反抗し、教師に反抗し、いつも不満を抱えていたのか。迷走の八年間をはっきりと思い出すことができない。

 高校、大学と人への不信感が強かった。特に年長者への不信が。それは、とりもなおさず己への不信でもあったのだが。大人は、教師はみんな立派な魅力のある存在だという裏付けのない勝手な信頼感を抱いていた。人間はだれもがそのような存在であるわけがないのに勝手に思い込んでいた。

 思い込みが外れたときの対応ができるまでの心の成長が伴っていなかった。順応することも容認することもできなかった。そして、重ねて己の生きる道を見いだせてなかった。全く脳天気というか、未熟というか。刹那的に行動し、否定的に考え、死についてだけは恐怖を異常に持ったり・・・。

 迷走の八年間は思い出したくない時間なのだからはっきり思い出せないのかもしれない。

 大学の授業の時間に同じ大学の学生が教室に入ってきて、オルグをしにきたかアジ演説を始める。なかば唖然としながらなかば感心しながら聞いていた。その政治意識の高さに己を恥じた。授業はなくなり、大学は封鎖された。ロックアウトと言っていた。神田のあたりはカルチェラタンと言われていた。学生のデモ隊と機動隊の衝突は日常茶飯事だった。そこには日和見の自分がいた。力と力のぶつかり合いだ。肉弾戦の時もあり、また、押しては引き、引いては押すの駆け引きを間じかに見ていた。

 ノンポリという言葉で称される当時の自分は、自然に大学に足を向けなくなる。ポリシーがないのだから、何もやらない口実にもなる。横着者の己とかすかに残る何とかしなければ、という思いのはざまで何もしない己がいた。現実からの逃避に走る。その時が楽しければそれはそれでよかった。そのつけが将来に回ってくるなどとは夢にも思わなかった。


 

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