徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五段*<『秋』のまえに・・・>2007.9.20



 さすがの暑さも、夜には少しづつ影をひそめ、秋の気配が忍び寄ってくるような季節の変わり目を迎えた。こんな時になると思い起こす随筆がある。
 それは、やはり自然と音楽と筆者の心の結びつきを感じる作品になる。とりわけ宇野功芳さんの『たてしな日記』と故・尾崎喜八さんの『音楽への愛と感謝』が真っ先に浮かぶ。宇野さんの『たてしな日記』を読んだのは学生の時で、まだ見ぬ「蓼科」や「霧が峰」や「清里」などの地名にさえも心を躍らせていた。そして、登場する「ショスタコービチの交響曲第5番」「マタイ受難曲」合唱曲の数々…。胸がふさがれる思いで、ただただ憧れていた。
 自然への渇望や音楽への思いを率直に、熱く書かれた文章の一節を紙に書き写したりもした。何十年も前に、自然が人間の手により俗化されることを懸念されていたことも印象的だ。車の増加や道路網の整備などで自然を手を入れやすくはなったが、自然を失うことにもなっていく。この正と負、あるいは光と陰ということが、人間にとって必然的につきまとうことだとは、そのころは思わなかった。
 学生時代から指揮をしていた女声合唱団の合宿で軽井沢や白樺湖、そして霧が峰にも行くチャンスに恵まれたのは、今になって思えば値千金の時間を持つことができたのだと、感謝の気持ちでいっぱいになる。霧が峰で見たレンゲツツジの、美しい色の中に秘めたりんとした強さ、その色が今でも脳裏に浮かんでくる。

 残された時間をどう過ごすのか。それは音楽をどれほどやれ、自然にどれだけ触れられるのか、という時間との戦いになって来たようにも思う。
 こうして、だれかに読んでもらう意識の中ではなく、己を見直すという意味で、思いを文章に書いてみるということは残された時間の過ごし方と生き方を整理させてくれることにも気が付いた。
 少しづつでも書いていこう、と思う最近である。

      
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