徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五十二段*<県民合唱団>2008.2.19


 県民合唱団のロ短調ミサ曲の演奏会まで、あと五日を残すのみとなった。一昨日の日曜日に合唱団、声楽のソリスト、オーケストラとの総練習があった。


 県民合唱団・・・県民と漢字で書くと分かるが、かなだと「けんみん」、「ケンミン」だ。人の名前か土地の名前かと思う人がいてもおかしくない。県民―これは千葉県民を指す。今回で14回目を数える千葉県民参加の合唱団だ。初回がモーツアルトのレクイエムでスタートした。直前に阪神淡路大震災が起きてしまった。演奏前に黙祷を捧げた。演奏者のせめてものレクイエム(鎮魂ミサ曲)演奏前の気持ちを表した。忘れられない第一回目の演奏会になった。

 あれから14年も経ったのかと感慨を新たにする。今回の曲目はバッハのロ短調ミサ曲。合唱団員のアンケートの中で歌いたい曲の常に上位にあった曲だ。団員の気持ちをくんでの選曲だろう。曲全体の中での合唱の占める割合の大きいという意味でも大曲だ。技術と精神力が要求される。8か月の練習を重ねての公演、本番直前でも難しさを感じる。


 この県民合唱団の本番の指揮を何回重ねただろう。私の他にも何人もの指揮者のかたに指揮をしていただいた。合唱指導は井辻先生と島津先生だ。二人の先生には変わらずのご指導をいただいている。初回の企画を私がして多くの方々の力をお借りしての県民合唱団の公演だけに、お二人の合唱指導の先生には格別の思いを持って感謝の気持ちがある。

 県民合唱団には初回から今日まで欠かさず参加されている方が何人もおられる。もしほかの本番指揮者との違いをあえてあげるとしたら県民合唱団への思いだ。時間と演奏をともに重ねてきた人たちとの共有の場面と時間だ。それは何物にも代えがたい人生のひとこまでもある。

 音楽表現もチームワークで成り立つ。企画をする人、企画を実行する担当者、その前に企画を承認する組織の長の存在も必要だ。そして表現にかかわる人たち、それが合唱団員であり、指導者であり、練習ピアニストであり、本番の指揮者だ。それぞれがその役割を果たすことによってのみ実現する。

 過去の県民合唱団の公演の中でもとりわけ難しさを感じる今回の曲だ。本番の指揮者としての役割を果たさなければならない。経験と照らし合わせ、己の心に問いかけ、練習を重ねてきた合唱団に一人ひとりの思いにも心を添わせたい。聴きにきてくださる聴衆の方々にも満たされた時間を過ごしていただきたい。さまざまな思いの中での指揮となる。合唱団との二回の合わせ、オケも含めての総練習一回、当日のステリハ、そして本番、指揮者の意図がどれだけ伝えられたのか、忸怩たる思いもある。しかし、それぞれの役割を思えばその役割りを果たすことしか出来ることはない。

 心と心が通じ合い、かけがえのない時間を会場に作りたいとういう願いで一杯だ。


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