徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五十三段*<県民合唱団のスタッフ>2008.2.21

 本番が近づいたいま、表には表れない県民合唱団の主催者である千葉県文化振興財団の県民合唱団の担当スタッフのことはどうしても書いておきたいことだ。前の徒然草にも書いたが初回は自分自身の企画でもあり、その時に一緒に事業を立ち上げた人の苦労は、初めて作り上げるものの生みの苦労があったことは言うまでもない。その苦労を共にしたОさんやТさんとは今も腹を割って話せるかけがえのない友人だ。その人たちのあとを継いでいった人たちがいるわけで、その担当者の素晴らしさを書いておきたい。

 この県民合唱団の事業は決して華々しいものではない。たとえば、音楽事務所や呼びやさんから事業を買ってそのまま会場で開催する形とは全く違う。文化振興事業の実施にはいろいろな方法があり、俗に言う買い公演も、県民になかなか触れられない海外の優秀な文化団体を招聘する方法としてあるひとつの形だ。その価値を否定するものでないと断ったうえでこの文を続けることとする。県民の文化振興の一翼を担う財団としては、また、それだけでは画一的になってしまうこともありうることで、財団が自らの手で行う事業も必要不可欠と言える。そのひとつの形が県民合唱団の事業だ。

 何かの団体に頼るのではなく、まさに、スタッフが合唱団員の募集から始める。練習計画の立案、会場の確保、名簿作り、指導者や伴奏者とのスケジュール調整、団員用のパート練習用カセット(いまはCDか)、チラシやチケットの作成、それから練習が始まると練習の準備と立ち会いと後始末、その労苦は数え切れない。250人を超える合唱団員とのかかわりもおそらく神経をつかうだろう。ましてや私を含め、接する人たちの大多数が年上の人たちだ。

 年上と書いたが、県民合唱団の担当はたいてい若い職員が担当者になる。逆に若い人でないとやっていけないハードな仕事なのかも知れない。数年で担当は変わるのだが、いままで私が接したどの担当者も素晴らしいとしか言いようがない。お世辞抜きで素晴らしいのだ。仕事ではあるが仕事を超えた思いが全員から感じた。謙虚で前向きな人間性も素晴らしい。いまどきの若者は…と一言では片付けられない。仕事も義務としか感じなくルーティーンになればおのずと衰退する。この県民合唱団は衰退どころかますます参加者も増え、完全に二月の最終日曜日の事業として定着した。ひとえに歴代の担当者の献身ともいえる尽力のたまものだ。


 今年の担当者も素晴らしくないわけがなく、熱いものを感じる。彼らの苦労がどんな形で実るのか。気持ちが引き締まる思いだ。作り出すのも大変だ。継続し続けるのも大変だ。一番簡単なのはやめてしまうことだ。14年間の実績を誰も無にはできないはずだ。セクトやしがらみをすて、合唱団員もこの事業では一団員として会費も払い、チケットの負担もする。歌うもの、支えるもの、聴きに来るものすべての人が力を合わせて取り組んでいる公演だと改めて書きたい。裏方を担当するスタッフの皆さんの思いには、当日の演奏を持ってお応えできればと強く思う。


 

 五十二段へ   五十四段へ