徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五十六段*<千葉県文化会館大ホール>2008.2.27

 県民合唱団のロ短調ミサの公演が終わった。255人の希望者が集まり、八か月の練習期間を費やしての公演だ。全力での歌だということははじめの「キリエ」の一音でわかったし、一人ひとりの思いは客席に届いたのだと思う。芸術には「こころ」が表現されなければその存在が薄くなると日頃から感じている私としては、熱い「心」を会場の方々と共有できたと思えることが何よりの喜びだ。

 ところで、千葉県文化会館の素晴らしいところが二つある。聴衆としても演奏する側としても何度となくこのホールにお世話になった。まず、音響だ。舞台の上でも客席の上でも適度な残響とバランスの良い響きに気づくだろう。客席では以前の改修での椅子の部分に木の部分が多い形状の椅子に替えたことが功を奏している。たしか、その時に反響板の変更もあったと思う。客席ではよく響いていても舞台上ではあまり響きが演奏者に伝わらず、気持ち的に不安になるホールもある中で、両方共に満足できるホールとして大いに評価できる。

 築年数の古い公的なホールでは、音響よりも多目的に使うという意味合いが強いのか、音楽演奏では響きがデッドすぎる傾向がある。つまり残響時間が短いのだ。だが、その中でこのホールはその欠点を克服している。少なすぎず多すぎない残響・・・響きが良い。千葉県の誇れるホールだ。

 二点目が、ソフト面だ。昔は公設のホールというと、押し並べてホールを使わせてやっているといったような雰囲気の職員に出会ったことが何回もあり、気分の悪い思いをしたことがある。しかし、千葉県文化会館ではそのようなことを感じたことがない。使う人の身になっての対応が伝統としてできているような気がする。県内の自治体の後発のホールが開館するときに、研修で千葉県文化会館に準備の職員が派遣されることがある。そこで十分にノウハウを学んだはずなのに、自分の市や町のホールの運営になると、いつの間にかサービス業だということを忘れているケースを目にするだけに、県文化会館のマンパワーにはいつも感心している。

 建物や施設、設備が古くなり最新のホールと比較するのも気の毒だと思うことももちろんある。しかし、それを補って余りあるのが働いている職員の人たちの存在だ。

 これからも誇りを持って千葉県の文化振興の一翼を担うホールであり続けてほしいと願う。経済状況が冷えると、まず、文化関係の予算が厳しくなる。物の豊かさやお金の豊かさを追いすぎると世情は殺伐としてくる。現在はまさにその時だとは思わないだろうか。

 心の持ちようや精神を大切にする、人間の原点に戻るためにも文化活動は欠かせないものだということを多くの人に伝えたい。


 

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