徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五十八段*<想い出の断層−26−>2008.2.29

 電車に乗っていて、小学生から中学生のころまで電車が好きだった事を思い出した。
そのころの男子で乗り物が好きだったことは普通の事かも知れない。小学生の頃はバスに乗るのもそんなに多くはなかった。バス停でバスが早く来ないかと、バスの来る方向をずっと見ていた。まだ、ボンネットバスも走っていた。それとリヤエンジンのバスが混じっていた。運転手の人に憧れた。バスの運転がすごい技術だと思って、それをしている運転手さんがすごいと思った。バスには車掌さんも乗っていた。だから運転のみに専念する運転手さんが、余計寡黙で運転に集中しているように見えていたに違いない。

 中学生になって、バスと電車を使って通学するようになった。電車に興味が移った。
当時は当然国鉄だ。車両は茶色、床は木製。時々、防腐剤だろうが、コールタールのような物が塗ってあり、その匂いさえも好きだった。モーターのついている車両にはモハと記され、運転席もモーターもない純粋な客車はサハと記されていた。モーターもついていて運転席もついている車両はクモハだ。モーターがついているのといないのとでは音も違う。サハの車両を何となく低くみてて、モハ、クモハの順で偉い車両だと勝手に解釈してた。

 国鉄の運転席には、スピードメーターがなかった。それはちょっと不満だった。京成電鉄の車両にはスピードメーターがついてたような気がする。今でもそうだが、国鉄は狭軌で私鉄は広軌だ。線路の幅が広い私鉄が何となく優れているのだと思った。

 同じ国鉄でも急行や特急になると車内の静かさが違い、乗り心地も普通車とは違っていた。そういえば、グリーン車という名称もなく、二等、一等と呼んでいた。

 親に買って貰った絵本の中に、当然のりものの絵本があった。そのなかの文に・・・はやいぞ、はやいぞ、湘南電車、山手線をおいこした・・・という一節があり、湘南電車の車両自体が山手線の車両よりスピードの出る優れた車両なのだと信じてしまい、それは駅の区間が短いか長いかの差なのだと分かったのは随分先のことだった。

 冷房はもちろん無く、回転する扇風機が天井についていた。
これから、何十年後かに、いまの子供たちは電車の比較を昔を思い出しながらするのだろうか?
冷暖房完備、音も静か、乗り心地もよいという満足感一杯の今の電車に乗っているとそんな気がしてくる。
 違うのは車内での携帯の扱いかただけかも知れない。



 

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