徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*五十九段*<想い出の断層−27−>2008.3.4



 前回に電車とバスの昔の様子を書いた。通学に都電を使っていた。駅で停車の合図と出発の合図に車掌が紐を引くと鐘がなる。二回か一回かの組み合わせだったような気がするが、二回だと「チンチン」と音がするので「チンチン電車」と呼んでいたような記憶がある。謂われは正確には違うかもしれない。ただ、そのように思い込んでいたし、思い込みだとしてもなかなか説得力がある思い込みだと自分では思う。同じ道路を電車と車が走るのが妙に懐かしく、かつ正当な景色に見えてくる。

 仕事で広島と愛媛に行った時に路面電車が走っていた。どちらかの電車が各地で使っていた電車をそのまま走らせていた。路面電車の展示会のようにも見え、同じ塗装で統一するよりも個性的で却って気持ちがよかった。当然、都電で使われていた黄色の電車もあったのだろう。

 トロリーバスという乗り物を知っているだろうか。路面電車のバス版といっていいのか、道路の上には架線がありそこから二本のポールで電力を取ってバスが動く。当時、今の市川市の行徳という町に住んでいた。このトロリーバスは、都内に出るときの欠かせない交通手段だった。浦安の近くの今井というところまで京成バスにのり、そこから上野広小路までがトロリーバスだ。電気で走るのだから音は静か、加速も今でいう無段変速の感じだ。東京都の経営だと思う。運賃も安かった。デパートつまり百貨店が当時は千葉県内にはなく、都内にしかなかった。銀座に出るには運賃もかかり、上野の松坂屋が一番身近だった。それはトロリーバスのおかげでもあった。その後、ガソリンで走るバスに取って代わられ路面電車と同じ運命をたどった。

 排気ガスを出さない路面電車とトロリーバスは、地球温暖化や二酸化炭素の排出規制が叫ばれる現代を考えるとすぐれた交通機関だったのかもしれない。経済の高度成長に伴い、車が急激に増え、交通渋滞の解消という大義名分があり、あるいは速度の遅さとかの理由も加わり、路面電車とトロリーバスは廃止されてしまうのだが、惜しい交通手段を失った。

 その時代にはその時代の望むものがあり、その時はその勢いで進んでいくのだろう。一方、急激な変化はまた判断を拙速にせざるを得ないことにもつながる。難しい判断だが、ハイブリッドカーや電気自動車の普及に目を向けている今を思うと、当時の路面電車とトロリーバスの存在が大きく思えてならない。


 

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