徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*六十段*<想い出の断層−28−>2008.3.5



 ボンネットバスと言われるバスが走っていた。今のような四角い形のバスではなく、運転席の前にエンジンルームがある。自動車のエンジンを覆うもの=ボンネット。つまりボンネットが見えているバスだ。

 定期路線バスでいま使われているという話しは耳にしないが、観光用のバスとして何台かが全国で走っている。
伊豆の天城峠で走っている「踊り子号」という名前を耳にした人は多いだろう。あとは映画の中で昭和を代表する乗り物としてこのボンネットバスが登場する。

 前側がトラックで荷台の部分が客席になっているというイメージだ。
運転席の前に大きなボンネットがあるのだから、運転は難しいだろうと想像がつく。
方向指示器はライトの点滅ではなく、赤い矢印に近い形の棒がバスの曲がる方向に合わせて車体から直角に飛び出る。操作は運転手だが、動きはワイヤーで出したり引っ込めたりする。
その直角に出る時の音や仕舞われる時のパタッという音が特に耳に残っている。運転席近くで見ていると、運転手がレバーを操作するとワイヤーの動く音がして、少しの時間差があってその赤の腕木が動く。タイムラグが堪らないというか楽しいと言うか…。

 赤の腕木が、時には直角にならないでやや下向きに出たり、仕舞われる時も完全にはホルダー(のようなもの)に収まらずに少し赤い部分が見えていたりといま思いだすと思わず笑みが浮かんでしまう。
なんとも人間らしいというか、そのアナログ感、アバウトな感じが魅力として思えてくる。

 このボンネットバスも、主に操作性や、エンジンの小型化に伴い大きな原動機部分は不経済ということでリアエンジンのバス、今と同じ箱形のバスに取って替わられてしまう。
蒸気機関車といい路面電車といい、ボンネットバスといい、辛うじて残っているのは、存在価値が、資本の原理に基づかなくともあるのだと思う人がいるからだ。

 温故知新という熟語がある。
古いものを思い出す時には、懐かしさの故か、優しい気持ちにいつの間にかなっている。
自然に出てくる優しい感情、これこそが険しい現在に必要なものだ。
今が苦しい時は、利害関係のない昔を思い出してみるのが心の癒しになるのかもしれない。



 

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