徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*六十一段*<想い出の断層−29−>2008.3.6

 船橋ヘルスセンターという施設があった。その名前のとおり、温泉と遊園地とプールとを併せ持つ総合娯楽場だ。今でたとえると、大江戸温泉物語やスパ・ラクーアに似ている。

 大ローマ風呂という円形の大浴場が売りで、そのほか大小のお風呂と飲食施設、大広間ではミニサーカス、マジック、演芸、素人歌手の飛び入りなどが催され、家族で一日中過ごせる優れものの施設だ。ふと思ったが、常磐炭坑あとに出来たスパリゾートハワイアンが一番近い感じだ。

 娯楽の少ない時代だ。東葛飾郡行徳町に住んでいた家族には、この船橋ヘルスセンターと谷津遊園地が最大のテーマパークだった。後楽園遊園地に行くようになるのは、その後のことだ。我が家もヘルスセンターには時々行った。子どもの私も飽きなかったし、なによりもこの時は父もビールやお酒を飲んでご機嫌だ。家族揃って楽しんでいる感じが好きだった。家計がそれほど豊かでないことを子ども心に感じていた私だが、この時間は満ち足りた時間だった。

 ヘルスセンターは少女音楽隊という吹奏楽団を組織して練習場を作り、演奏会場も別棟に持っていた。そこで演奏会を開き、ほとんどを無料で聴くことが出来た。友達と何回か演奏を聴きに行ったのは高校生の時のような気がする。照明にあたって輝くばかりの金管楽器、揃いのユニフォーム、柔らかな音色を奏でる銀色のフルート、管楽器の音色に魅了された。

 夏には海岸が海水浴場になった。名前が船橋ヘルスセンターゴールデンビーチという。大学生の時に、夏の期間そこでアルバイトをしたことがある。小学生から大学生になるまで、いろんな意味でヘルスセンターにお世話になったのだとこれを書いていて思った。

 最後にお世話になったといえば、自動車の運転免許をとるために入った教習所がヘルスセンター自動車学校だ。自動車教習所の経営もしていたことになる。無事にそこで免許が取れた。他の教習所よりも広い敷地が売り物だった。タクシーもあった。ヘルスセンタータクシーという名称だ。この話をすると信用しない人もいるが本当の話だ。

 ヘルスセンター・・・この懐かしい名前も、いまは昔の話になってしまった。いまは、ららぽーとという大型商業施設になっており、ヘルスセンターの面影は全くない。

路面電車といい、トロリーバスといい、ヘルスセンターといい、昔の人の発想は先見性があったのかも知れない。今になって昔にかえるというか、ある間隔をおいて同じような発想が生まれるというか・・・人間のすることは面白いと改めて思った。



 

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