徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*六十八段*<想い出の断層−31−>2008.3.19

 尚美学園で学んでいた時を振り返ると、なんと出来の悪い学生だったのだろうと、つくづく反省している。後悔とともに、己にあきれるという感じだ。

 授業を受けるとき、まず後ろの方に目立たないように座る。そこには私と同じ考えの持ち主が必ず数人はいて、なんだか同志のような気がして、自然に仲がよくなっていった。
こんな我々と正反対にいつも前の方に座り、授業の全てを吸収するぞ!みたいな意欲満々のグループもいた。我々のようにやや落ちこぼれ気味で、人生を斜めに見るような学生からすると、彼らにはまじめすぎてついていけない、みたいな崩れた気持ちを抱いていた。だいたい、ついていけないと思うのは我々で、相手方はついてきてほしいなんて思ってないのだが・・・。

 こんな姿勢で勉強してもだめだと思い知るのが卒業試験のときなのだから、時すでに遅し!だ。本当は定期試験で、何回も追再試を受けるはめになっていたのだから、そのあたりで学びの姿勢を変えれば良かったのに、同じ価値観を持つ心強い友達がいたので、目が覚めるまでには至らなかった。

 歌曲の授業があり、その時は学生同士で伴奏をしあうという試験だった。もちろん伴奏は悪友グループからユーフォニウム専攻のU君にお願いした。前日は私のところに泊まり、夜はアルコールで英気を養い、朝、起きてからほんの少し二人で合わせて試験に臨んだ。イタリア歌曲の「ニーナの死」という曲だった。前奏がなくて、いきなり歌とピアノで同時に始まる曲だ。なぜか、練習では呼吸があっていたのに、試験では何回やっても出だしが合わず、試験官には失笑されるし、あげくは見かねた試験官が出だしの合図をしてくれて、やっと歌えた、ということがあった。
これは、思い出すと今でも笑ってしまう。あまりにも合わなかった。

 この落ちこぼれ気味・・・気味というより正当的な落ちこぼれなのだが、一応、気味と書いてみた・・・のグループは、卒業試験も副科ピアノが追試験だった。これは、本当の試験の日には暗譜が出来て無く、謙虚に自らその本試験を受けるのは辞退して、追試をはじめから選択をした。なんとその追試の試験官が泣く子もだまる学院長だった。目の前が暗くなった。

 続きがあるのだが、この段はここまでにする。出来の悪い学生生活の一部を吐露してしまった。



 

 六十七段へ   六十九段