徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*七十二段*<ワルトビューネ>2008.3.25

 指揮をする参考にしようと、ビデオ録画の中から予想をつけて、何本かを収納から取り出して、というか引っ張り出して探していった。その中にベルリンフィルのサマーコンサートがあり、思わず見入ってしまった。アバドの指揮でイタリアの曲を集めたものだ。

 ワルトビューネ(ベルリン郊外)での野外コンサートだ。何人くらいの聴衆なのだろう。すごい人数だ。途中から雨が降り出した。それでも傘をさして聴いている。マイクにしっかりと雨の音が録音されているくらいだから、相当な降りだと思った。その中で演奏するベルリンのオケの人たちの演奏・・・驚異の腕と、技術を超えた精神力か、あるいは天性の演奏家の集団かと思わんばかりの演奏だ。

 ベルリンフィルの演奏は、常に変わらずすごいのだから恐れ入る。この演奏家魂といったようなものでは、世界を見渡しても他の追随を許さない。ドイツのオケだからドイツ人しかいないということではなくインターナショナルの楽団なのだが、私はカラヤンが音楽監督をしていたころからしか知らないということを差し引いても、おそらくこの姿勢は変わっていないのだろう。

 演奏から離れてコンサートの企画という面で、このサマーコンサートはシンプルでわかりやすい。我が国で夏に多く見かけるのは「・・・・アカデミー」とか「・・・講習会」とか、全体の企画の中に音楽会も組み込まれているか、あるいは避暑地の高原の音楽堂で音楽会を開催する形だ。それでも、このベルリンのサマーコンサートに近いものでは、ずいぶん前に軽井沢の晴山ホテルかどこかで、故・山本直純が中心となって新日本フィルが野外の音楽会をやっていた記憶がある。長くは続かなかった。テレビでオーケストラが放映される機会も極端に少ない。その中で最近はラ・フォル・ジュルネ・・・・という名称の、多様な音楽を自由に楽しもうという企画が当たっている。何日間かを、廉価で、趣向をこらし、クラシック音楽の楽しさを多くの人に気軽に楽しんでもらおうという内容になっている。

 報道もされるから、クラシックの底辺拡大に多いに貢献することは間違いない。逆説的にいうと様々な工夫をこらしているわけでもないベルリンフィルのサマーコンサートが全世界に中継録画され、日本でも楽しめるし、もちろんワルトビューネの丘に集まった人が世界一の演奏を楽しめるという環境というのか、音楽の土壌というのか、文化への志向というのか、そのような微妙な文化の熟成のしかたの違いを感じてしまう。

 今日は、誰にも防げないような通り魔殺人事件が報道されていた。たまたまそこにいたというだけで殺傷されるとは・・・なんとも言えない気持ちだ。30年、40年前にはこのような理不尽な事件は少なかった。世界で一番の安全な国といわれていた。今の殺伐とした時は終りが来るのだろうか。



 

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