徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*七十五段*<憧れの音楽−2−>2008.3.27

 ウォルフ・フェルラーリの「聖母の宝石」という間奏曲がある。マドンナの宝石と呼んでいた。中学生か高校生の時に初めて知った。きっかけは、ラジオのクラシックベスト10の番組を聴いていたときだ。何といっても、クラシック音楽に初めて興味を持ち始めた頃だ。ほとんどの曲が初めて聴く曲だ。このマドンナの宝石は、大体ベスト10の一位の曲だった。

 番組が30分くらいの長さだろうか。30分から45分程度だと記憶している。その中で10曲を流すのは無理だ。だから7位以下くらいの曲は、曲名の紹介で終わったり、流れても最初の部分だけであとはフェードアウトということになる。

 マドンナの宝石間奏曲は、常時、高位だったから曲自体を聴ける回数が圧倒的に多くなる。最初のうちはなんだか情緒的で迫力がないなどと思い、一位になると、あ、またか・・・などと思っていた。ベスト10に入っていたベートーヴェンのエリーゼのためにとか、サラサーテのチゴイネルワイゼンの方が聴きたかった。

 ところが不思議なもので、段々マドンナの宝石のメロディーが頭に残るようになり、忘れられなくなっていった。ハープと木管、そのあとに出てくる弦楽器のメロディーの虜になった。

 この曲は、なぜか今は滅多に聴く機会がない。スコアもあるので何かの時にアンコール曲としてやってみたいとも思ったりした。しかし、本当の望みはラジオで、しかもFMではなく中波のモノラルの音で聴いてみたいのだと思うように変わってきた。そう考えるとマドンナの宝石は高校生時代の憧れの曲ではなく、年を取った今の憧れの曲ということになる。CDではるかに良い音で聴こうと思えば聴けるのに、わざわざ中波のラジオで聴いてみたいと思わせるとは、マドンナの宝石、おそるべしだ。

 憧れはかなえるのが難しい、か、かなえられないと思えば妙に納得はできる。



 

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