徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*七十七段*<想い出の断層−33−>2008.3.31

 憧れの音楽でこの文を書くと、どうしても中学生や高校生の時にあこがれた曲になってしまう。その音源はラジオ、白黒のテレビ、そしてレコードだ。憧れの音楽と想い出の断層が交錯してくるのも仕方がないかも・・・と思う。

 音源がそれだけしかなかった。オーディオでいうとアンプがまだ真空管のアンプの頃なのだ。出力用の真空管を秋葉原に買いに行き、自分で真空管を変えたこともある。スイッチを入れても真空管が温まるまで時間がかかるし、熱も発する。それに重い。

 そうだ。鉱石ラジオという物もあった。スピーカから音を出す出力はなく、イヤフォンで聴いていた。周波数を合わせるための部品がバリコンという、アコーディオンの蛇腹を小型にしたような金属の部分を扇のように動かして放送局を選ぶ。これも秋葉原まで部品を買いに行った。

 懐かしくもあるが、しかし音源もお金も貧しかった。そこでどうしても中波のラジオ放送に頼るしかなくなる。レコードは25センチのモノラルレコードが千円だった。30センチのLPレコードになると千五百円から二千円だ。いまの、物価での千円、二千円とは貨幣価値が違う。月に一枚レコードを買うと、小遣いがゼロになってしまう。だからお年玉でレコードを買うしかない。思い出すと悲しくもあり懐かしくもあるというのが正解だ。

 今は、音源が豊富だ。いまの子どもや若い世代の人がうらやましい。私はオーディオの知識も書店の立ち読みで得ていた。書店ではなく本屋と言っていた。月刊誌「音楽の友」ももっぱら立ち読みだ。思い出すと「音楽の友」や「ディスク」といった音楽月刊誌を本屋で立ち読みできたということは、常時本屋に置いてあったということだ。それも都内の有名書店でない本屋で。それは結構すごいことかも知れない。今、中規模の書店では「音楽の友」も立ち読みができないかも知れない。つまり在庫を置いてないかも知れないからだ。

 CDも近くのCD、DXDショップではクラシック音楽の枚数が極端に少ない。それこそクラシック名曲ベスト10に入る曲くらいだ。

 機器はどんどん進化し、そのうちに音楽を聴く方法がCDやМDではなく、ネットの配信ですべてが賄えるようになるのだろう。しかし、クラシック音楽の好きな人の年齢はずっと上がり、上がるのは良いとしても、若い人のクラシック愛好者の人数は減る傾向を歩むのだろうか。心配だ。ひとつの希望は、都内に増えた音楽専用ホールの音の素晴らしさだ。音楽専用のホールは全国に増えたといってよい。しかも、ほとんどが残響に配慮した音響設計がされている。多目的ホールの限界がようやく認知されたのが10年から15年くらい前からだ。響きの心地よいホールで聴く生演奏の素晴らしさを、ぜひ若い人に味わってほしい。音響装置を使った音とは違う、人の息遣いが聴こえるような「生」の音を。



 

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