徒然草−日々思う、あんなこと、こんなこと。−

*七十九段*<「魔王」>2008.4.2

 中学生の時に音楽の授業で聴いた鑑賞曲の中で、一番印象に残ったのがシューベルトの歌曲「魔王」だった。歌われている話の筋がわかりやすいし、音楽も劇的だし、数分の短い曲だし・・・とにかく印象に残った。

 最初にレコードを買った時期の一枚にこの魔王があげられる。17センチ、45回転、ドーナツ型(レコードの真ん中がドーナツのように穴があいている)、A面・B面があり収録時間は片面4分くらいだろう。当時では当然のモノラル録音だ。このレコードには片面に「魔王」、片面にシューマンの歌曲「二人のてき弾兵」が録音されていた、ように思う。「ように思う」のは、そのレコードの在りかが今はわからないからだ。

 記憶が合っていれば、バリトン独唱はディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ、ピアノ伴奏はジェラルド・ムーアだ。この曲の決定盤といってよい演奏を聴いていたことになる。

 その中学生の時に聴いた曲を、十年以上たってから自分が中学生に教えるようになるとはもちろん知る由もなかった。

 初めて聴いた中学生の時でも、ピアノ伴奏の低音部、左手での三連譜が馬の蹄の音を表し、右手で嵐の情景を表しているように感じた。歌は父親と息子の心の描写だろうと・・・。「おとうさん」と子どもが呼びかけるところだけは「ファーター」あるいは「ファーテル」と発音するので、「ああ、何回もお父さんに助けてくれ」と言っているのだとわかった。

 教材用のレコードの中に、何人かの独唱者の演奏が聴き比べられるようになっているレコードがあった。日本人歌手では原田さんと田島さんの二人のバリトン歌手が、ドイツ語での歌手ではヘルマン・プライとフィッシャー・ディースカウ、と四人の歌声を聴くことができた。それぞれに声の使い方も違うし、解釈も違うし、と表現の違いがはっきりわかった。ディースカウの演奏には驚いた。強弱、音色の変化、発音の変化による縦横無尽の曲想の表現は、本当に「舌を巻く」という言葉がぴったりの神業だ。それにムーアのピアノ伴奏がこれもすごい。生理的に考えても難しいと思われる左手の使い方が群を抜いているのだ。伴奏といってはいけないのだと思った。歌のピアノ伴奏を。

 「魔王」・・・いまはそのレコードはないのだが、その演奏はありありと脳裏に浮かぶ。あれから何十年かが経過したいま、それでも思い出すと心が躍る、憧れの曲であり、憧れの演奏だ。




 

 七十八段へ   八十段へ